早いもので今年も残すところあと11か月を切った。
1か月なんてあっという間だが、今年の冬はやたらと長く感じる。
理由は言わずもがな「豪雪」だろう。
昨年は弘前市でとんでもない積雪量となったが、今年は青森市がその「餌食」となった。
県庁所在地の中でも最も積雪量の多い青森市。こんなに豪雪となったのは40年ぶりだそうで、昭和61年に遡る。
ただ、この年は全国的にも大雪だったらしく、首都圏でも結構な人数の負傷者が発生するような大きな事故も起きていたようだ。
例年のように気象状況が変わっていることを憂いている私、線状降水帯があるなら線状降雪帯もあるだろうし、ゲリラ豪雨があるように、ゲリラ豪雪だって起きるんじゃないかという懸念が、いよいよ現実味を帯びてきた気がする。
酷かったのは「10年に1度」と言われる寒波の襲来で、今年は1月21日頃から25日まで襲来。第2弾が1月下旬に襲来するとのことだったけれど、もはやずっと居座っていた感がある。
もはや「10年に1度」が当たり前となりつつある昨今、もっともっと酷いことになることも考えられる、ということだろうか。先を考えるとゾッとしてしまう。
まあ、雪の話については脇に置いておくとして。
そんな豪雪の最中、2026年の「事始め」をスタート。手始めに1月23日から生まれて初めて香川県を訪問することとなった。
しかし、前述の寒波の影響で、22日の夜には通勤で利用するJR奥羽線が雪で立ち往生し、青森から2つ先の駅で足止めを食うという状況に追い込まれた。
結果として反対側に入線した青森行に乗り換え、1つ手前の新青森駅まで戻り、そこから職員の御家族が運転する車に同乗させてもらい、何とか弘前まで辿り着いたという顛末。
とはいえ連日の大雪で心身の疲労がピークに達しており、電車内では青森市内への宿泊も頭を過ったぐらいで、今回の香川県訪問も半分以上諦めかけていたが、翌朝の羽田便となる航空機が青森空港に何とか降り立ったのを確認し、意を決した。
初日。1月23日は午前3時30分に起床。
まずは家の前と駐車場に降り積もった雪を片付ける。程なく除雪車が県道を通過、駐車場の前に大量の雪を置いていった。今度はそれを除去し、午前4時30分頃に作業終了。もうこれだけでも十分疲労困憊なのに、数日前から燻っていた喉の痛みがここに来て咳を伴う劣悪な状態に。それでも6時に出発する青森空港行のバスには乗車、一路香川に向けた旅人となった。予定では7時35分に青森を飛び立ち、羽田を経由して12時45分には香川に降り立つというスケジュール。
吹雪の中、ほぼ定刻通りに青森からの始発便が飛び立ち、これは幸先が良いと思ったのも束の間、羽田から高松に向かう便が50分遅れるという。調べたら、どうやら青森からの2便がそのまま高松便になるらしい。それがわかっていたら、最初から2便で飛んだのに。
結局羽田で3時間近くも足止めを食らうこととなったが、とにかく高松空港に降り立てば何とかなるだろうと、最悪の体調を鼓舞しながら、乗継便に搭乗。席に座ると程なく爆睡モード突入。
目が覚めた頃には、高松空港に着陸直前だった。降り立ってみると、滑走路の雰囲気もターミナルの雰囲気も、何となく青森空港に似ている。
ここからバスで移動する予定だったのに、到着便が50分も遅れた影響で、何と目的地へ向かうバスは既に出発済み、次のバスは1時間半も待たなければならないという。地の利のある場所であればパッと代替手段も思い浮かぶものだが、何せ初めて訪れた地、頭の中に地理もしっかり描かれていないし、路線図なんてもっての外。
結局どう動けばよいか案が浮かばず、仕方がないので次のバスが来るのを待つことにし、高松空港の中で遅めの昼食にすることとした。
結局、この日のうちに済ませておきたい、やっておきたいと思っていたことは全て計画が狂い、泣く泣くキャンセル又は持ち越しとなった。
その後、バスと電車を乗り継ぎ、今回の目的地であり宿泊先でもある琴平町内の宿所に到着したのは、17時を過ぎてからのことだった。
何と約11時間の長旅…香川県ってこんなに遠いのか?(そんなことはありません)
仮眠が熟睡になりそうだったので横になるのをこらえ、今回の香川県訪問に誘ってくれた福田さんらと一献。初めて食べたウツボのから揚げは思った以上の美味だったが、喉が人生最悪の状況で、一次会を締める頃にはほとんど声が出なくなっていた。
これは明日の本番に響くと思い、泣く泣く一次会でみんなと別れ、ホテルへ直行。
速攻で寝ようと思ったが、豪雪の青森を離れてやってきたのに青森の雪が気になり、アメダスをずっとチェックしながら、まともに眠れなかった。(後篇に続く)






