【読書感想文】第146回芥川賞受賞2作読了

ちょうど1ヶ月前の1月17日、平成23年度下半期の芥川賞が発表された。テレビでご覧になった方も多いと思うけれど、強烈なインパクトを与えた受賞者の一人である田中慎弥氏による記者会見、とりわけ、某審査員を痛烈に批判するようなその記者会見を観て、溜飲を下げた人もいたのではないだろうか。
以前もつぶやいたことがあるが、芥川賞受賞作を読むなら単行本ではなく、文藝春秋を購入することをお勧めする。理由は3つ。
(1)時機を逸することなく、単行本より安価に購入できる。どうせ興味本位で読んでブック○フに二束三文の値段で売るぐらいなら、890円で購入した方が遙かにお買い得。
(2)選考委員の選評が掲載されている。受賞に至った経緯というよりも、各委員それぞれの選評がまた非常に興味深く、選から漏れた作品についてもコメントを寄せる委員も少なくない。ただし、作品の内容に踏み込んだ選評も多いので、まずは作品を読んでから選評を読んだ方がいい。
(3)芥川賞作品以外の内容が興味深い。今回は「テレビの伝説」と銘打った大型企画の他、解散総選挙を見込んだ選挙予測、日本の経済を憂う論評などが掲載されている。

芥川賞作品に興味のある方は、他の内容に興味があるかどうかは別として、是非書店で文藝春秋を手にしてみてはいかがだろうか。
さて、今回の芥川龍之介賞、受賞作は2作。
「道化師の蝶」円城 塔
「共喰い」田中 慎弥
受賞者には「正賞」として時計が、「副賞」として100万円が贈られる。
では、私個人として読み終えてみての感想なんぞを少々…。
【注意】以下ネタバレ含みます。【注意】


まず読み終えた感想。
複数の選考委員が選評に寄せていたのだが、もの凄く両極端な2作だな、と。「共喰い」がリアリティに溢れる和風文学とするならば、「道化師の蝶」は、非現実性に溢れた文芸論文、とでもいえばいいのだろうか。
「共喰い」は、同じ芥川賞作品である金原ひとみの「蛇にピアス」に似たアングラに近い世界が展開される。

日本人が好む「平均的な」社会がどういったものかはわからないが、昭和末期という時代背景を思い浮かべても、そういった「平均的な」社会からはかなり外れた社会、でもそれでいてどこかありそうな、そんな町の光景だ。
ここに描かれるのは性と暴力である。それほど描写は露骨ではないが、この二つが全編にちりばめられており、物語の最後まで大きな要素を締めている。ハッキリ言ってどうしようもない父親と、これまた性にしか興味のないどうしようもない息子を中心に展開されるストーリーは、ファンタジー作品やアニメ、3Dでは簡単に描写することのできない、文字通り「泥臭い」社会の中で、どうしようもない父という存在を超えようとするバカ息子の一見ありそうな内容かも知れない。しかしながら、その要所要所で現れる、できうるならば忌避したくなるようなグロテスクな表現(それはモノでありヒトであり、風景でもある)が、時に読み手の顔を思い切りしかめさせる。
生活排水も流れ込むどぶ川から鰻を釣り上げるシーン、そして遠馬が抱いた「看護婦」との情事のシーン(タイトルの「共喰い」にも繋がるシーンである。)…思わず食欲も失せるような場面が現れる。
しかしこれは、裏を返せば読み手に対してそれだけリアリティを想像させる作品だということだ。
まあ、あまり内容に触れてしまうと、これから読む方の興味を失せてしまうだけなのでこれぐらいにしておきたいと思うが、少なくとも読み終えた後、すぅっとと爽快になるような内容ではないことだけは明記しておこう。
さて、もう一つの作品である「道化師の蝶」。
実はこちらはもっとモヤモヤ感の残る内容だった。事実、この作品自体の評価が選考においても二分され、かなり議論になったようだ。

しかしこのモヤモヤ感は一体どこから来るものなのだろうか。
それは恐らくこの作品が、何層にも重なったミルフィーユのような、断片の積み重ねによって一つの作品として仕上げられているからなのだと思う。この作品に出てくる「わたし」は一人ではないらしい。そして、螺旋階段かだまし絵か、複雑に入り交じった作品構造の中でいくつかの点と点が結びつき、ストーリー展開を繰り広げている。
その軸にあるのは一見すると「蝶」であり「銀色の捕虫網」であり「刺繍」であり「エイプラムス氏」であり…。
読んでいてふと思ったことは、「共喰い」とは異なり、作品の情景が浮かんできにくいこと。いや、それは僕の単なる読解力不足のなせる業か。ひょっとしたら理系出身の作者の意図するところなのかも知れないが、とりわけ前半はどこか他人事というか第三者的というか、文芸小説を読んでいるというよりは学術論文を読まされているような感覚に苛まれた。正直、この作品はちょっと読み疲れたし、もう一度読み返していて「ああ、そういうことか」と理解する自信も、ない。多分、これまで世出した色んな文学作品とはちょっと異質な作品かも知れない。生意気言うならば、それが芥川賞受賞に繋がったような気もしないわけでもない。
でも、これを読んで読書感想文を提出しなさい、という宿題が出されると、ちょっと辛いかな。
作品の好き嫌いはあるかも知れないが、たまにこういうのを読んでみるのも面白いっすよ。

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