『弥勒』 / 篠田節子

この本を薦められたのは、先月中旬の飲み会の席上でした。
「あの本はね、分厚いけど一気に読める!面白いよっ!」とおっしゃったのは、某課の課長。
正直その時点では、作者も知らないしタイトルにも内容にもあまり興味が沸かなかったのですが、ある日突然、なぜかこの本を読んでみなければという衝動に駆られ、その本を手に書店のレジに並んでいました(なぜ急にそういう切迫した気分になったのか、未だにその理由はわかりません)。かれこれ4年前の作品だったのですね…。
以前はそれなりに得意としていた地理も今ではちんぷんかんぷんで、歴史や芸術に関しても全く疎い私が、 インドとネパールの境にある架空の国・パスキムでの出来事をテーマにしたこの分厚い本(600ページ以上!)を読破することができるのか?そんな不安を抱きながら読み始めてみたのですが、この本の不思議な魅力に取り憑かれ、一気に読んでしまいました。
しかし、読み終えた後、この本の内容を皆さんに伝えたい、そして皆さんにも機会があれば一読して欲しいと思いながら、適当な言葉が見つからず、今も悶々としています。


この本の主人公は、クーデターにより破壊が繰り返されているという、歴史的価値の高い芸術品を守りたいという自分の欲(エゴ)のままに、外交が遮断されたパスキムという小さな国に潜入を試みます。ところが、そこで待ち受けていたのは、目を覆いたくなるような悲惨な状況でした。
彼はそこで、芸術価値の高い仏像(弥勒菩薩)を抱え、この国からの脱出を試みます。ところが彼はその途中で、反乱軍に拉致されます。
人間としての尊厳や名前も剥奪され、衣食住は最低レベル、常に死と隣り合わせの状況の中、自然の脅威にもさらされ、人間としての無力さをまざまざと見せつけられ、絶望し、恐怖に怯え、刻々と追いつめられていく主人公。人間としての感情も損なわれることとなり、まるで人を人とも思わず、まるで物を扱うような、いわば極限の精神状態に追いつめられていきます。
そして彼がたどり着いたところとは…。
この「弥勒」では、憎悪や怒りが克明に描かれています。それは目を覆いたくなるようなものばかり。
しかし、この本に関する感想を寄せている読者の多くが感じたように、読み進めていくうちに、タリバンによるバーミヤン遺跡の破壊行為や、9.11のあの事件、そしてそれをきっかけに勃発したイラク戦争のこと、さらには北朝鮮のことを考えさせられることとなりました。
スピード感があるわけではないのに、次から次へと息をのむシーンの連続で、本当に一気に読みたくなります。私は通勤電車で読んでいましたが、片道の乗車時間45分では非常に物足りない気分でした。
フィクションでありながら、何か非常に現実めいた内容。それが、この本に惹き付けられる大きな要因の一つと言えるかも知れません(主人公への感情移入も必至?)。
人間の欲望。人間の築き上げた芸術文化。その陰に潜む階層社会。欺瞞に満ちた正義。自然との共存共栄。そして、死…。人間が最後の最後まで縋ろうとする「救い」とは何か。
「ああ、その類は苦手だ」と思われるかも知れませんが、私もそう思いながら読破した一人です。そして、読み終えたあとには、何だか「宿題」をぶつけられたような感じ。でもその答えは、そう易々とは出てこないみたいです。
しつこいようですが、内容も重ければテーマも重いです。
うまく言葉にまとまらないのですが、たかだか1,000円足らずの文庫本で、これほどまでに気持ちが揺さぶられるとは思わなかったから、そして、いろんなことをこれほどまで考えさせられるとは思ってもいなかったからかも知れません。
でも、機会がありましたら、是非とも一読をお勧めします。本当に面白いです。

4062732785 弥勒
篠田 節子

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