第2回弘前城リレーマラソン 冬の陣

昨年に引き続き2度目の開催となった冬のリレーマラソン。
青森県内や近隣地域で2月にマラソン大会が行われることはほとんどない一方で、全国に目を向けるとシーズン真っ盛り。毎週のようにあちらこちらで大会が開催されておりまして、弘前公園ランニングクラブ(弘前公園RC)からも、全国各地で開催されている大会にたくさんの人が出場しています。

昨年開催された冬のリレーマラソンでは、弘前公園RCからも5人1チームで2組がエントリーしたのですが、今回の開催に当たり参加者を募ったところ、前述の事情もあってか、はたまた他の事情があってか、それとも単に冬は走りたくないだけか、参加希望者がゼロという非常事態に。
おい!どうしたんだみんな!弘前公園RCなんだぞ!うちらが参加しないでどうするんだ!と憤慨しましたが、まあ、確かに寒い中をわざわざ走るのはイヤだわな。
ということで、今回は出場辞退しまーす…。

…のはずだったのですが、いつも練習や大会で仲良くさせていただいているチーム「honeygood」からお誘いがあり、弘前公園RCの看板を背負って(←大げさな)出場することになりました。まあ、実際蓋を開けてみると、他のチームにも弘前公園RCのメンバーが出場していたんですけどね。
honeygoodは元々弘前城リレーマラソンで入賞することを目指して集まった仲間で構成され、メンバーはみんな健脚揃い。フルマラソンではサブ3ランナーを二人輩出しているほか、サブ3.5で走ることのできる実力を備えたランナーがたくさんいます。そのチームから2チームがエントリー、僕は「速い方」のチームであるAに加えていただくことになりました。

今回は44チームが参加して行われたのですが、昨年は雪灯籠まつりと同時期に開催されたこともあり、公園内にある護国神社前を起点にしたコースだったのが、今回は陸上トラックをメインにした1周約1キロの折り返しコースに変更されていました。昨年と変わったところを整理すると、ざっと以下のとおり。

・スタート地点及びコースが大きく変更されていた。
・スタート方法が一斉スタートからウェーブ方式に改められていた。
・昨年参加者限定で配給された汁物(蟹汁)が今年はなかった。
・コース上に観客がほとんどいなかった。

今年は2月とは思えぬ少雪で、既に路面が現れているような状況の中、大会当日の天気は何と、季節外れの雨。
10時半前に会場に到着すると、各チームともにテントやターフを張り出し、準備万端。
しかし何せ雨が降っているため、コースの状態はぬかるみか水たまりか足場の悪い雪という最悪のコンディション。
honeygoodの面々も明らかに走りたくないといった顔をした人ばかりで、さて、これはひょっとしてここに来ての出走中止か?と思ったら、Mさんの発案で「走りたい人、走りたくない人」の多数決で決めることに。
全員が目をつぶり、「走りたい人、挙手!」の声で何人かが手を挙げたようです。何人かは…言えません。
…あ、オレは「助っ人」として呼ばれている以上責務は果たさなきゃならないと思い、「走りたい」で手を挙げましたよ。ホントに。
「OK。じゃ、走ります!」といった途端、周りの人の表情が明らかに曇ったのがわかりましたので、ここはMさんの配慮勝ちといったところでしょうか。…まあ、当のMさんが走りたかったのかどうかはわかりませんが(笑)。

皆さん渋々準備を済ませ、11時にいよいよスタート。今回は一斉スタートではなく、新たに10チーム毎のウェーブ方式が採用されました。スポネット弘前の鹿内葵理事長の号砲で、20秒おきに各チームがスタート。ちなみにこの時点でもまだ雨がちらついていました。
が、西の空が大分高くなってきましたので、じきに雨が上がるのではないか…という淡い期待を抱いていたのですが…。
いざ走り始めると渋々参加することにした面々、みんなスイッチが入ったらしく、これがまた速い速い!
少なくともコース上にアスファルトなどが見えている場所はほとんどなく、襷受け渡しゾーンは雨と高い気温で融けかけた雪が積もり(ちなみに私、足を取られて転倒しました)、トラックは雨と雪融け水で泥だらけ、そこを抜けると再び中途半端に融けた雪で足を取られ、更には融けた雪と雨で水たまりができ…といった状態が延々と続くわけですよ。
これを4分切って走ってくるんだから、みんなどんだけ足腰強いんだ…と感嘆するばかりなのでありました。

さて、「助っ人」の私はといえば、巨人が大金を注ぎ込んで補強した外人選手のような状況でして、むしろチーム全体の足を引っ張っていた感じでしたかねえ…。
都合4度走らせていただきましたが、速くても1キロ4分20秒までしかペースを上げることができませんでした。
しかも、時間が経つにつれて、足首より深い水たまりができた護国神社の鳥居前を通過するたびに、足の中が水浸しに。しかも後半は雨が雪に変わり(それもアホみたいな吹雪)、テントやターフが飛ばされそうになるほどの強風も吹き始めます。こうなると、どんどん身体も冷えていくことになりまして、ハイ。
最初は上下ウィンドブレーカーを脱いで走っていましたが、寒さに耐えられず4周目は着用のままラン。
上から下まで蛍光カラーだったのは、雪の中や堀に落ちても見分けがつくように、という自己防衛意識からでした。
もちろんそんなのウソですけど。

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昨年はあり得ないぐらいの晴天に見舞われ、今年はあり得ないぐらいの雨天に見舞われるという状況の下、もはや3時間耐久レースの様相。みんなの願いはただ一つ。

「早く14時になれ。」

そして迎えた14時。周回のたびにメンバーが受け取ったチョコの数は、何と42個。つまり、約1キロのコースを42周したということなので、ほぼフルマラソンと同じ距離を繋いだことになるわけですね。…と考えると、悪条件ではありましたが、3時間でフルマラソンを走りきることの凄さを何となく垣間見たような気がしました。
もっとも私の平均ペースはキロ4分30分でしたので、これだとフルマラソンで3時間は切れないんですが、はい。まあでも、天候、路面ともに昨年より悪条件の下でもほぼ昨年同様のペースで走ることができたというのは、ひょっとしたら走力がちょっと上がったのかな?なーんて思ったりもしているのですが。

天候には今ひとつ恵まれませんでしたが、他のチームにも大勢知り合いの方が参加していましたので、とても楽しいイベントでした。
結局私が参加したチームは、全体の4位という好成績を収めることができました。
まあ、いざ走ればそれはそれで楽しいし、うちのチームは何だかんだ言いながら、みんな本気で走っていましたからね。

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ただ、一つ不安要素を上げるとするならば、今回気象状況に恵まれなかったという災難を踏まえると、来年は参加を見合わせるチームがまた出てきそうな気がしました。
実際のところ、私が参加したチームが開始前に行った多数決、実は「参加したくない」人数が圧倒的多数だったらしいですから(笑)。
最後に、関係者の方も恐らくこのブログをご覧になるはずなので、改善要望を幾つか。

・スタート時間を10時又は10時30分からの3時間に繰り上げできないか。 (全て終わりが15時頃は、この時期だと意外と遅く感じられます。)
・飲食物の販売ブースがあれば良いなあ。特に暖かいものが凄く欲しいと思った。(カップラーメンの販売がありましたが、走る身体にカップラーメンはなかなか酷なものがありまして、はい。)
・コースについて、今回はやむを得ないけれど、来年も同様の気象状況であれば、再考の余地あり。
(雪像を壊して雪がたくさん残っているところを走るのは、正直かなり辛かった。)
・ウェーブ方式のスタートはナイス。今年もお手伝いしてくれた弘工の生徒たちは、もっとナイス。
・天候次第では勇気ある撤退という選択肢も考慮した方がいいです。

皆さま、本当にお疲れさまでした。

20160210 東京駅にて

先日、今年度最後となる東京への出張がありました。4県合同での復興フォーラムの事務局ということで、展示ブースの設営管理と会場での撮影などを行う役割を与えられ、10日は自分のカメラ持参で会場へと出向きました。
フォーラムそのものは(いろいろ細かな点を除けば)大過なく無事に終了、ブースの撤収など全て終わったのが午後6時。外に出ると既に暗くなりはじめていましたが、打ち上げなどは別途行うことが決まっており、その場で解散となったため、有楽町駅で職場の人たちと別れました。
そして、向かう先は東京駅。…いや、正確には東京駅丸の内南口にある、KITTE。

先月、自らも出展した写真展で拝見した、とある方の作品に感銘を受け、出張したときに東京駅の写真を撮影してみようと考えていました。だから、今回のフォーラムで撮影係をお願いされたときは内心ガッツポーズしたし、フォーラム終了後の打ち上げをやらないということが決まった時にも、思わずニヤリとしてしまいました。…すいません、ちゃんと仕事はしましたので。

山手線で一駅、その気になれば歩いて行ける距離ではありましたが、前日夜遅くまで高校時代の友達と飲み笑い、そして目が覚めたら予想通りの二日酔い。にもかかわらず皇居2周というバカなことをやらかし(というかこれも予定通りだったんだけどね)、約13キロをラン。午後12時半頃からずーっと立ちっぱなしだったということに気付いたのは、山手線に乗車した時でした。たった一駅ながら空いている席を見つけて着席。わずか3分足らずの至福の時間。
東京駅に到着し、KITTEを目指します。春節の時期ということもあり、中国人らしき人たちの往来が激しいです。ふと見上げると、2月の寒空が広がり、空気が澄んでいるのがわかります。
KITTEの6階にある展望庭園に向かうと、人影はまばら。そして、ここにも外国人の影。いやはや、恐るべし東京。
最良のポジションを確保し、カメラを構えます。ちなみにここ、三脚(一脚も含む)の使用はできないため、手すりを利用してカメラとレンズを固定。時折吹く北からの風に翻弄されつつも、撮影完了。この間15分ぐらいだったでしょうか、一心不乱にカメラとにらめっこしながら撮影したのが、こちら。
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設定はF8.0、ISO800、シャッタースピードは0.8と、8並び。基本的にここの数値はこの後ほとんどいじりませんでした(絞りを7.2にしてみたのもありますが、そちらはボツ)。
ホワイトバランスは太陽光だったり白熱電球だったり色々変えて撮影してみました。

でも、これだけでは足りない!一番やってみたかったことは、帰ってきてからこの画像をHDRツールで加工すること。
で、明るさを+2.0のものと-2.0のものを用意し、HDRツールであれやこれやと加工してみたのが、こちら。

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ノイズがちょっと出てしまっているようですが、面白いです。またカメラの楽しみを一つ知ってしまいました。
…で、昼の東京駅も撮影してみたいということで、なんと翌日の昼頃にまた同じ場所を訪れ撮影し、HDRツールで加工したのがこちら。

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建物や橋梁、鉄塔といった構築物を加工するのがよさそうな感じですが、過度にやりすぎると非現実的社会の画像になってしまうので要注意ですね。

いつかきっと…

秋口から冬にかけて、毎週のようにマラソンの大会が各地で開催され、ランナー仲間が各地で健脚を披露している。
国内最大のハイライトは、リオ五輪の選考レースも兼ねた今月28日の「東京マラソン」かと思われるが、正直言ってあの人数を見ると、どうしても走ってみたい、何が何でも走ってみたい、かと問われれば、さて、どうだろう…という感じ。

もっとも、11月のレースを終えたあと、4月まで大会の予定がない中、この時期は自分のモチベーションをどう維持していくかがとっても大事。実際、練習量の低下に反比例して体重が増加。次のシーズンに向けた準備はもうしっかりしておかないと、また怪我に泣かされることになるので…。

そんな僕が今一番出場してみたいと思う大会は、「別府大分毎日マラソン」である。このマラソン大会に出ることが、自分がマラソンというのを始めてみたときの一つの大きな目標になっているような気がしている。(3月には「びわ湖毎日マラソン」というのもあるけれど、あちらは2時間30分以内でフルマラソンを走れることが出場資格。そんなの無理に決まってるべ。)

「別大」は残念ながらリオ五輪の選考レースにはなっていないものの、世界陸上の選考レースともなるこの大会、ゴールまでの制限時間が3時間30分以内に設定されているほか、各ポイントの関門もかなり厳しい設定となっている。

当然のことながら、出場資格もハードルの高いものに設定されている。

20歳以上(1996年2月7日以前の出生者)で、フルマラソン3時間30分以内の記録(2014年1月1日以降。グロスタイム。日本陸連公認またはAIMS公認コースでの記録)を持つ男女の競技者

僕の場合、一昨年から日本陸連に登録していた(というか、別大の出場資格を得たかったので登録した)ことにより、必要最低限の出場資格を得ており、実は昨年春から虎視眈々と出場することを狙っていた。(事実、昨年の4月に異動したばかりの職場でも「2月の別大に出ます。」と宣言していたことを今だから明かそう。)

…が、しかし。

今年の開催は2月7日。タイミングがあまりに悪すぎた。
その日のうちに帰れるのならまだしも、翌8日に青森に帰ってくるとなると、10日に都内で開催されるフォーラムの準備のため9日から上京しなければならず、超ハードスケジュールとなることは火を見るより明らか。
九州まで遠征するにはあまりにもタイミングが悪すぎるため、早い時点で出場を諦めた。

今年もまた、スピードに磨きをかけたランニングクラブのステイヤーの面々が勝負の地・大分へ向かう。正直言うと、僕も出場してみたい。出場して、自分の実力を試してみたい。足切りを食らってもいい、逆にそれが励みになるはずだから。
そういう思いがどんどんどんどんどんどん湧いてくる…。

いつか、自分の手でその機会を掴み取ろう。そしてそれまでに、しっかりと脚を作ろう。きっと願えば叶うはず。
そのために何をしなければならないか。うん、そうなのだ。そういうことなのだ。
来年以降に向け、最終的な目標は既に決まっている。

ええ、こうなったら一皮剥けますよ。ビックリするぐらい剥けてやりますよ。

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●初めて自分のお金で買ったレコード
渡辺美里「Lovin’ You」
中学生の頃に聴いたラジオで渡辺美里という名前を知り、その歌声に惚れました。eyesというアルバムが発売されたことを知りました。お金がありませんでした。レンタルレコードで初めて彼女の音楽に触れました。直後に「My Revolution」が大ヒット。そして発表されたアルバムは、なんと2枚組。なんか、ブレイクしたからこのアルバムを買いました!みたいに思われるのは本意じゃないなあ、と思いましたが、居てもたってもいられず初めて自分のお金で買ったアルバムです。

●初めて衝撃を受けたCD
岡村靖幸「DATE」
山下達郎がプロデュースした鈴木雅之のアルバムが発売されるというので、浩さんのお店へ。しかし、店から出てきた時に手にしていたのは、なぜかこのCDでした。岡村靖幸なんて別に好きじゃないのにな…。このアルバムを購入した伏線は、先の渡辺美里に提供した「19才の秘かな欲望」のカバーが収録されているという、それだけのこと。ちょうどこの前にプリンスで度肝を抜かれ、「和製プリンス」を自称する彼がどんなものなのだろう、と買ってしまった、というのが実のところ。家に帰って正座して聴きました。高校で、拡散しまくりましたよ。「このアルバム、凄い!」ってね。

●初めて自分のお金で買ったCD
TM NETWORK「humansystem」
これも渡辺美里つながり、そして同じEpicレコードの所属というつながりで聴き始めたTM NETWORK。お金を貯めてDENONのCDプレーヤーを購入、それに合わせて購入したCD、というかたまたまそのタイミングで発売されたアルバムがTMのアルバムだったんですね。「KISS YOU」の別アレンジが衝撃的でした。

●初めて買った輸入レコード
Anita Baker「Rapture」
高校生の頃、浩さんのお店にはお金もないのにホントによく足を運んでいて、レコードのジャケットを見るのが楽しくて仕方ありませんでした。ちょうどその頃お店には輸入盤も並んでいて、欲しいなあ、と思ったレコードが何枚かありました。その中で手にしたのがAnita Baker。普通ならね、ロックンロールだなんだとはしゃぐお年頃のはずなのに、初めて買った輸入レコードがこれですよ。
おませなクソガキだったことを匂わせる片鱗です。

●初めて聴いたプリンス
Prince and the Revorution「Parade」
中学~高校の頃はFMのタイムスケジュールが載った雑誌が普通に販売されていて、僕もFM Stationという雑誌を毎号購入してエアチェックしていました。大嫌いだったプリンスを初めて聴いたのは、クロスオーバーイレブンというNHKFMで23時から放送されていた番組で流れた、「America」という曲の22分を超える音源。単なるループなんですが、こいつ、面白いことする奴だなあ、と。そして「Kiss」が発表され、衝撃を受けました。何?これ!と。この曲が収録されたアルバムを貸してくれたのは盟友ダッチ。これも部屋で正座して聴いたなあ。ここから僕のプリンスはスタートしています。実は遅まきなのです。

●初めてエロいと思ったCD
George Michael「FAITH」
Wham!を解散してソロ活動を本格化させたGeorge Michael。この頃は飛ぶ鳥を落とす勢いでした。「I WANT YOUR SEX」という楽曲のタイトル、そしてPV。エロくておしゃれなアルバム、今でも古さを感じさせないアルバム。同名タイトルのVHSビデオ(PV集)も購入しましたが、なんといってもこのアルバムに収録されていた「Monkey」がシングルカットされる際に、Jam & Lewisの手によってメッチャクチャ恰好いいサウンドにアレンジされたことに、感動しました。

●初めて涙が出た音楽
Luther Vandross「Best of」
これもクロスオーバーイレブンで初めて聴いたのですが、Luther Vandrossの「Here and Now」という曲を聴いたとき、琴線に触れてしまったのかなぜかポロポロと涙が…。音楽聴いて泣くなんて…と思いましたが、ちょうど大人になりかけたころに聴いたこの曲に、深い感銘を覚えました。この曲が収録されているアルバムは、なんだ?と血眼で探しました。またしても2枚組でした。でも、買ってよかったです。この後も、彼のベストアルバムは何枚発売になったかわかりませんが…。
しかし今となっては本当に惜しい人を早くに失いましたね。

●初めてオシャレだと思った音楽
佐野元春「Cafe Bohemia」
これは畏友ザワ先生の家で聴いたのが初めてだったかな。佐野元春はVISITORSとこのCafe Bohemiaで、アルバムに収録された曲から12インチシングルをリカットするということもやっていて、いろんな意味で聴きごたえがありました。
全体的に統率が取れていて、最初から最後までオシャレだな、と思ったアルバム。
このアルバムと角松敏生の「T’s 12inches」は今でも本当に好き。

●初めてハマったBabyface
Babyface「Ternder Lover」
秋田にTower Recordsがあって、当時輸入盤をなかなか手にすることのできなかった僕は、従姉に購入をお願いするということまでやっていました。その従姉にお願いをして購入してもらったこのアルバム、先に開封して聴いた従姉が絶賛。このアルバムは確か先にNHKFMで全曲オンエアされたのを聴いたんだったかな?これも初めて聴いて一目ぼれならぬ一聴ぼれしたアルバムでした。

岡村靖幸「幸福」

覚せい剤取締法違反による3度の逮捕歴。ファンであれば、この事実を受け入れざるを得ません。普通の社会であれば、完全に「アウト」。社会的地位も名誉も失い、路頭に迷った挙げ句、再犯を繰り返す…。
さすがに3度目の逮捕の知らせを耳にしたときは、そんな暗澹とした青写真を想像したファンの方も、多かったのではないかと思います。いや、少なくとも僕はそうでした。心底呆れ、こんなファンを「不幸」にするヤツなんて、見限ってやる!ってね。

でも…結局見限ることができませんでした。

そして、刑期を終えて出所した2010年以降、彼の名前を再び目にするようになりました。
まるで何事もなかったかのようにライブハウスでのツアーを再開、ネット上で「パラシュート★ガール」のデモ音源や「ぶーしゃかLoop」なる過去に発表した楽曲の歌詞を繋ぎ合わせたサンプリングのような音源を発表するなど、じわりじわりと活動のペースを上げはじめ、2枚のリアレンジアルバム「エチケット」の発売、更にはシングル曲の発表と続いていきました。

シングル曲は、どちらかといえばポップでキャッチーなナンバーで、他のアーティストともコラボレーションするなど、最初から最後までセルフワークで作品を生み出すという独創的なイメージを払拭するような取組が続きました。
やがてライブハウスでのツアーだけではなく全国ツアーも始まり、かくいう僕も2014年に行われた全国ツアー「むこうみずで いじらしくて」の最終公演を観る機会を得ました。
こうなると否応なしにアルバムへの期待が高まっていたわけですが、それはそれは本当に突然の発表でした。
2015年11月15日付け朝日新聞の全面広告で、1月27日に「幸福」というタイトルのアルバムが、何と11年ぶりに発表されること、そして、オフィシャル通販の限定商品として、完全受注生産のデラックスエディションが発売されるという内容、更には春から全国ツアーが始まることが掲載されました。

しかし、それ以降アルバムに関する情報は一切なし。昨年12月に公式サイト上でツアーチケットの先行販売が行われ、いよいよ2016年1月となっても、全く情報が出てきません。
私事ながら自分の誕生日の2日前が発売予定日なので、勝手に自分自身への誕生日プレゼントと決めていたのですが、さては発売延期か?と半ば諦めていたら、1月25日に「発送のお知らせ」メールを受信。
それでもなお、一切情報はなし。アルバムに収録される楽曲のタイトルはもちろん、何曲収録されるのかも不明。それは、実際に作品を手にしてみなければ分からない、ということに。
しかも、今回のアルバムに関しては今のところデジタル音源での発売を予定していないとのことで、もしもiTunesをはじめとするデジタル音源の発売を待っている人がいるのならば、しばらくは待っても無駄みたいよ、ということだけ一応お知らせしておこうと思います。

さて、配達日厳守で届けられたそれほど大きくないダンボール箱に収められていたのは、白いボックスに赤字で「幸福」と書かれた限定ボックス。当然の話ですが11月15日の新聞広告に掲載されていたものと全く同じものに、CDと写真集(台北日記)とDVD(平熱大陸)が収められていました。(完全受注生産なので、当然のことながら一般の販売はされていません。オークションでは既に3万円超もあるらしく…)

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写真集とDVDの内容は敢えて割愛し(そのうちレビューするかも知れませんが)、ここではCDに特化したお話しを。
まあ、シングルが既に4枚も発売されている状況下でのアルバムだし、これまで発売されたアルバムのことを考えても、収録曲数、時間はそれほど期待はできないんだろうな、と思っていました。
事実、蓋を開けてみたら収録曲は9曲、うち何と6曲が既に発表されている曲(シングル4曲、カップリング1曲、そしてなぜか「ぶーしゃかLoop」まで収録されているという…)で、ホントの意味での新曲は3曲のみ。
正直言って、あちゃあ…これはきっと評価下げるなあ、と思って聴いてみたところ、これがまたどうしてどうして、といった感じでして、一枚のアルバムとしてちゃんと仕上がっているんですね。というかむしろ、かなり好きかも知れません。
デビューして数作続いたちょっとエロ路線の楽曲は鳴りを潜めてしまったものの、全体的に統率感があるといえばいいんでしょうか、かなりオシャレな感じです。まさに、このアルバム一枚だけでかなりの幸福感を味わうことができます。

シングル曲が明るくポップな曲調だったので、アルバムの最初を飾る新曲「できるだけ純情でいたい」のミディアムスローな切なさが、妙に響きます。この1曲を聴けただけでも、ああ、アルバムが発売されて本当に良かったな、と思ってしまいました。続く新曲「新時代思想」は、岡村節炸裂と言えばいいのでしょうか、前作(というか個人的にはものすごく忌々しい記憶しか残っていない)「Me-imi」に収録された「ア・チ・チ・チ」にも似たラップ調で、相変わらず独特な歌詞が面白いです。シングルで発売された「ラブメッセージ」を挟んだ4曲目の「揺れるお年頃」も新曲。もうね、タイトルだけで相変わらず青春しているんだなあ、と。でも、今年51歳なんですよ岡村ちゃんも。51歳のオッサンが「揺れるお年頃」って、出るところ間違えれば捕まりますよ…いや、もう捕まることだけは勘弁して欲しいんですが。
で、新曲は1,2,4曲目のみで、5曲目以降は既にシングルとして発売された曲などが続きます…が、なぜか飽きない。全く飽きない。多分、これからもずーっと飽きない。
最後に収録された「ぶーしゃかLoop」、確かにライブでも披露していましたが、ハッキリ言ってこれはアルバムに収録する楽曲じゃないでしょ…と思ったら、何と手を加えていました。それも、かなりのアレンジ。これは聴いてみてのお楽しみ、ということで。まあ、岡村ちゃんファンなら皆さん御存知なので敢えて触れる必要はないのかも知れませんが、公式サイトからはオリジナルのバージョンと言いましょうか、フルとショートの二種類の「ぶーしゃかLoop」をダウンロードすることができます。

岡村靖幸 | YASUYUKI OKAMURA

1 できるだけ純情でいたい
2 新時代思想
3 ラブメッセージ
4 揺れるお年頃
5 愛はおしゃれじゃない
6 ヘアー
7 ビバナミダ
8 彼氏になって優しくなって
9 ぶーしゃかLOOP

途中色々あったとはいえ、この20年間で発表されたオリジナルアルバムが2枚。これはこれである意味凄いと思うし、もうデビューから25年以上経ってもなお色褪せない「純情で青春しちゃう讃歌」は、彼にしかできない芸当のような気がします。
5月の全国ツアーでは、このアルバムを引っさげて再び青森にやって来ます。僕にとっては2年越しとなる岡村ちゃんとのDATE、今から5月が待ち遠しいです。