新たな始まりのための幕引き

怒涛の令和5年度が幕を下ろす。いや、ここ数年は毎年が怒涛だったかも知れない。
平穏無事に一年を過ごすことは理想ではあるけれど、無風の一年ほどつまらないこともないだろう。

僕の所属する課は、2つの課が同じ部屋に同居しており、仕切りもない。7年間に渡り、部屋の端から反対側へと向かって3度席替え(異動)してきた。そして令和6年4月からは、違う部屋にある課へ異動することが決まり、これで危機管理局内の執務室は、局次長室を除きすべて「制圧」することとなる(…といっても同じフロアに3つしかないが)。

2年前。災害対策本部、そしてコロナ対策本部を所管するグループのマネージャーから離れるとき、「少しは楽になるかな」と淡い期待を抱いたが、それは脆くも崩れ去った。事務職なのに、とある橋梁架替工事の業務を抱えることとなり、ルートの選定、構造の検討等を行った。1か月が経過した直後、大型連休が明ける頃には県内各地で相次いで林野火災が発生、その結果、防災航空隊との関係が強固となった。夏には大雨災害が発生し、県内消防の応援協定が初めて発動。
8名いたはずの職員が、色々な事情が重なって3名欠けることになり、人繰りに苦慮したことも。マネージャーとは名ばかりで、プレーヤーを兼務すること数知れず。この2年間、前職より楽だと思ったことは一度もなかった。

2022年、8年ぶりに青森県で開催された緊急消防援助隊北海道東北ブロック合同総合訓練に集結した、赤い車。

その一方で、本県での開催が8年ぶりとなるブロック訓練に当たったり、自分自身がコロナに感染したり、こっそり沖縄に行ってきたり、消防大学校で1週間自己研鑽に努めたりと、人生経験を積むきっかけも頂いたし、悪いことばかりではなかった。

役人人生も30年を過ぎれば、色々ある。
将来になって過去を振り返った時に、「いやあ、あの時は大変だったなあ」と笑えればいいけれど、この2年については笑えないことも色々あって、実のところ正直振り返ることができる自信がない(少なくとも今は振り返りたくない、ということだ)。

コロナ本部で対応した職員に配布された感謝状。この約2か月後にコロナ感染。

4月からは、同じ危機管理局内とはいえ、これまでとは全く異なる毛色の業務に従事する。
考えてみると47都道府県すべてで取り組んでいる業務ではなく、県内でもこの業務に従事するのは限られた自治体のみ。裏を返せば、選ばれた人しか従事できない業務だということも言えるわけで。

この年齢になれば、楽な仕事なんて一つもないんだから、置かれた状況を少し楽しむぐらいの気概を持って明日を迎えようと思う。

皆さま、令和6年度もよろしくお願いします。