Monthly Archives: 8月 2015

【寸評】佐野元春 & THE COYOTE BAND 「Blood Moon」

珍しく音楽に関する記事二連投である。今日は、なんちゃって音楽評論家気取りで7月に発売された佐野元春のニューアルバムの寸評を。


ロックンロールは、その時代その時代の現代社会に対する反発を表現する一つの形だと思う。
ぶつけどころのない怒りを互いにぶつけ合い、そしてその魂に火を放ち、昇華する。
しかし時代の経過とともに、ストレート一辺倒だったはずのロックンロールは、いつの間にやらジャブやボディブローという多彩な技を駆使するようになり、まるで多様化する社会に迎合するかのように、色んな形へと置き換えられていった。

社会を混沌に陥れるような言論は封じられ、むしろ社会から爪弾きされる世の中。社会から少しでもはみ出してみようものなら、とことん叩かれ、封殺される。そんな矛盾した正義感がまかり通る昨今の現代社会。
社会に警鐘を鳴らし、対峙するのではなく、そこに上手く溶け込みながら、時折正義感を振りかざす、それが現代のロックだとするならば、それは時として詭弁、虚言、戯言となりうる。

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本作の最初を飾るのは、「境界線」。この曲の発表に際し、彼は沖縄の辺野古を訪れ、率直に意見を述べた。しかしそれは、ファンの間で大きな賛否両論を巻き起こすこととなった。その時を振り返ってのインタビューが掲載されている。
彼は、自然体でロックの真実を探り出し、ジャブやボディブローではなく、ストレートな言葉で、表現しようとしている。ただし、彼の言う「境界線」が何と何を隔て、そして、どこに引かれているものなのかは、正直僕にはわからない。ただ、一つ言えることは、彼と我々リスナーとの間に引かれているものでないことだけは確かだということ。

そして、見えない「境界線」の後に続くナンバーが、「紅い月」。副題は「Blood Moon」。このアルバムのタイトルチューンであるが、「Blood Moon」を和訳すると「皆既月食」。皆既月食の際、太陽の光を遮り、月を紅く染める存在こそがこの地球であること、そしてその月を敢えて「紅い月」と表現したことを鑑みると、実はアルバムの中で最も示唆に富んだナンバーなのかも知れない。

前半は、どちらかと言えばミディアムテンポのナンバー、前作も踏襲したような作品が並ぶ。
中盤になると一転し、毒でも吐くような詞が並ぶ。
そして、後半はクールダウン…。

「COYOTE」「Zooey」に次ぐ、THE COYOTE BANDとの3作目、バンドとしては「COYOTE」の時に既に十分完成されていたのかも知れないが、当時の荒々しさがどことなく研ぎ澄まされ、洗練されたような感じ。かといってその歌詞は挑発的で、現代社会に対する警鐘というよりむしろ、社会や政治に対する皮肉が各所に込められている。しかし彼は、ごく自然にこの社会の行く末を案じ、警鐘を静かに鳴らし、時として対峙も辞さないという姿勢を示したに過ぎない。

この作品をどう読み解き、評価するのかは人それぞれ。ただ、彼はこう言っている。

「自分が書いた曲が、時間を経て、現実が曲に近づいてくるという経験を僕は何度もしている。」

果たして「Blood Moon」は、予言めいた作品なのだろうか。

他方、現代社会を痛烈に風刺した内容と言えるのが、「誰かの神」と「キャビアとキャピタリズム」。特に後者は「インディヴィジュアリスト」を彷彿させるアップテンポのリズムとギターのカット、そして辛辣な言葉が続き、絶対ライブで盛り上がることだろう。

しかしながら、こぶしを振り上げ、髪を振り乱すような激しいロックもなければ、軽妙なポップスもそこにはない。
その象徴として、アルバムに先がけてのシングルと思われた「君がいなくちゃ」が、このアルバムには収録されていなかった。公式サイトの言葉を借りると「全世代に贈る、普遍的な愛の唄」であったこの曲が収録されなかったことに、この作品の重み、特殊性を感ぜずにはいられない。

80年代、彼が「VISITORS」という作品を世に放ったとき、音楽業界ではいち早くヒップホップやラップの要素が取り入れられたその内容に、賛否両論が渦巻いたという。(当時僕は13歳の若造。残念ながらその賛否両論に耳を傾け、咀嚼できるほどの大人でもなければ、耳の肥えたリスナーではなかった。)
あれから31年が経ち、「VISITORS」は今もなお、80年代の音楽アーカイヴスの一翼を担う金字塔として輝きを放ち続けている。

これが、予言めいた作品ではないと信じたい。というよりも、この中に収録されているような社会が訪れる、つまり「時間を経て、現実が曲に近づいてくる」ことはあってはならないのだ。

シュールなジャケットに、危うく重い歌詞の連続、そして洗練された楽曲。佐野ロックの神髄、ここにあり、である。そしてそれは、聴く度にどんどん深みを増している。だが、正直言うと「Blood Moon」は、僕の中でまだ「何か」わだかまりがあってうまく飲み込めていないところがある。裏を返せばそれは、この作品(それも強いて言うならば「直接的すぎる歌詞」)に対する「わだかまり」ではなく、現代社会に対する「違和感」なのかも知れない。

しかし、「VISITORS」と全く質は異なれど、「何か」を抱えたまま、「問題作の一つ」としてずっと燻り続けながら、やがて皆既月食が終わった後の、満月のような輝きを放つのではないかと思っている。

その「何か」はきっと、「確信」なのだと思う。進むべく道は混沌としているし、この道が正しいかどうか、誰も「確信」を持てない世の中。だからこそ、リアルなバンド演奏を目の当たりにした時、その足りない部分がきっと満たされることだろう。10月のライブがますます楽しみになった。

【注!ネタバレあり】大澤誉志幸渡り鳥ツアー 「染色月ツアー」 8/8 弘前市 Robbin’s Nest

昨年に引き続き、今年もやってきました大澤親分!
会場は今回も弘前市大町のRobbin’s Nest。

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前回独りでこのライブを観て凄く楽しかったので、今回誰かを誘おうと思い声かけしたところ、寂しいぐらいに食いつきなし。

…あ、そうか。そういうことか。
ということで、妻を引き連れての参戦となりました。開演は19時30分ということなので、18時50分頃に会場に行くと、まだ人影はまばら。全席自由、しかも一番前が今回も空いておりまして、最前列の左端を陣取り、COEDOからのギネス片手に開演を待っておりました。

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何かケーブルのトラブルがあるのか、女性スタッフの方が目の前で一生懸命何か弄っています。もう、開演時間過ぎてるのにね。大丈夫なのかね。

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(ステージはこれぐらい間近な場所なワケですよ。)

…と思っていたら、40分過ぎ、背後から拍手と小さな歓声が沸き起こり、大澤親分が麦わら帽子にサングラスという出で立ちでステージに登場。
「どうもどうも大澤でございます。ということでまた弘前にやってきました!」とステージがスタート。

【閲覧注意!ネタバレあり!!】
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冒頭は親分本人がギター演奏しながら熱演。途中からツインタワー(後述の2名)が加わるという構成。最小限以下のバンド構成で、打ち込み系の楽曲はPCの音源を流すという前回と同じパターン。この日の演奏曲(セットリスト)はずっと下にあります。ただし、間違えている可能性もあり。そこは許せ。
他のアーティストに提供した楽曲をセルフカバーするということはこれまでも(そして今回も)ありましたが、今回は他人の曲をカバーしてお披露目。「京都慕情」は70年にベンチャーズが発表し、渚ゆうこがカバーした曲。「私の好きなもの」は67年に発表した佐良直美のカバー。何でも親分曰く「最初に聞いたボサノヴァ。」だそうで。「京都慕情」はそのうち親分の作品として発表するらしいですが、「私の好きなもの」も一緒に収録されることでしょう。
「真夏の夜のタンゴ」は、本木雅弘への提供曲。「彼はアイドルグループで「スシ何とか」なんて唄っていたけど、アイドルっぽさのかけらもないイメージ(親分曰く「ゲイ」)を出してやろうと、この楽曲を提供したんですが、全然売れませんでした。」って。ちなみにこの日は、「タンゴ」の部分を「ブルース」に変えて唄っていました。

このツアーで北海道に渡る時(北海道から始まり、徐々に南下しています。)に、フェリーを使って茨城県の大洗から移動したらしいんですが(何かこの辺が「渡り鳥」っぽくていいと思います)、例のフェリー火災が発生したのが下船した翌日だったそうで、もし下船が一日ずれていたら「こんな何十万もするギターなどの機材なんかもみんななくなって、このツアーもどうなっていたことやら」ということだったらしいです。
北海道から青森に渡り(この際もフェリーを使って渡った模様)、青森のねぶた祭を堪能し、その後青森秋田両県のテレビやら何やらに出演したり相当なハードスケジュールだったようですが、疲れを微塵も感じさせないパワフルなライブでございました。
饒舌なMCも相変わらずで、今回一番笑ったのが吉川晃司にまつわるお話。
彼の30周年記念ライブが日本武道館で行われ、それを観覧した親分。終わったあとパーティーがあるということでそちらの会場にも足を運んだところ、アルコールがない…。早くビールとか出せよ、と思っていたところに本人が登場し、挨拶。綺麗どころのお姉様方がカゴを片手に会場内に現れ、お、乾杯用のシャンパンとかかな?と期待して待っていたら、配られたのが「チョコモナカジャンボ」だったというオチ。ホントかよ!

で、今回親分の両脇を固めたのがツアーマネージャーも務めるベースのINOJO氏と、管楽器でゲスト参加した藤井”ヤクハチ”康一氏の2名。私達、ヤクハチ氏の真ん前で観ていたんですが、ステージの上におもむろに置かれた紙がこの日のセットリストでして、次に何を演奏するのかが丸見え(笑)。
ただ、アンコール最後となった「ガラス越しに消えた夏」は( )の中に書かれていて、時間や会場のノリによっては演らない、という可能性を示唆しているわけでして。本編ラストの「ゲッチュバッキャ!ゲッチュバッキャ!」が終わり、アンコールの間、妻と二人で「いやあ、是非演奏して欲しいね」と話していましたが、会場の盛り上がりに圧倒されたか気分が乗ったのか、無事に演奏されて幕を閉じました。ちなみにヤクハチ氏、「どうするの?まだやるの?やるの?」みたいな感じで二人にアイコンタクトを送っていたのがちょっと面白かったです。終演は、ちょうど開演から2時間経った21時40分頃だったかな。

しかし御年58歳だそうですが、あのエネルギーは凄いわ。「来年弘前にまた来ます!どうぞよろしく!」とおっしゃっておりました。次回は「一人きりアヴェニュー」とか「Real Action」とかマーチンに提供した「JUST FEELIN GROOVE」とか聴きたいな。

8/8大澤誉志幸渡り鳥ツアー4 「染色月ツアー」 @Robbin’s Nest(弘前) セットリスト

ビリーの災難
その気×××
ウィークエンドは夏の匂い(「宵闇にまかせて~ kiss and kiss ~」をちょっとだけ挟めて)
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京都慕情(渚ゆうこカバー)
私の好きなもの(佐良直美カバー)
真夏の夜のタンゴ(本木雅弘)
おまえにチェックイン(沢田研二)
ゴーゴーヘブン
No No サーキュレーション(吉川晃司)
寝返りGET YOU BACK

1/2の神話(中森明菜)
そして僕は途方に暮れる
ガラス越しに消えた夏(鈴木雅之)

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メロンより、水。 -第29回日本海メロンマラソン

日本海メロンマラソンは、毎年この時期に秋田県男鹿市若美地区で行われる大会。秋田有数のメロンの産地である若美地区で収穫される「若美メロン」と「宮沢海水浴場」を県内外にPRするために、この時期に開催される。何でこの時期かというと答えは簡単、メロンの収穫時期だから。別にマラソンじゃなくても、例えばビーチバレーとかサッカーとかそういう競技でもいいと思うんだけど、なぜかマラソン。それも既に29回も開催されているというのだから、歴史は長い…というか秋田県内は、大館市の山田記念然り田沢湖マラソン然りで、結構歴史あるマラソン大会が多いのである。

昨年初めてエントリーしたものの、大会直前に右足裏の種子骨炎を発症し、スタートラインに立てなかった。結局参加賞である若美メロン2玉を抱えて帰ってきたが、不完全燃焼に終わったことが心に引っかかっていた。

真夏の大会、そんなにあるもんじゃない。これからのことを考えたら、ここで一つレースを積んでみれば、今後の糧にはなるかな、と。まあ、メロン2玉貰えるし…。(ちなみに僕は、メロンがそんなに好きじゃありません。笑)
ということで、昨年走ることのできなかったリベンジマッチ、というわけではないけれど、今年走ってみようじゃないか!とハーフにエントリー。

…で、エントリーしてしばらくしてから思い出した。昨年はスタートの時点から汗が噴き出すような暑さで、陽射しが強かったことを。ハーフマラソンを完走し終えた仲間たちが、ゴール直後にまるで息も絶え絶えのような形相で「二度と走るか!」と口々に言っていたことを。

そうだ、この大会は10キロでよかったんだ。しまった、うっかりしてた…。
しかし後悔先に立たず。エントリーしてしまったものはしょうがない。腹をくくって走ろうじゃありませんか。
事前に、昨年このコースを走った仲間から色んな情報を集め、分析。走る上でいくつかの課題を課すこととした。
・公認レースではないので、記録を出すことを考えず、確実に完走すること。
・給水と補給をちゃんとこなすこと。
・余裕を持って、笑ってゴールすること。
・そのためにも、暑さ対策を万全にすること。

昨年はたくさんの仲間が走ったこのコースも、今回蓋を開けてみると、仲間でエントリーしていたのは、知っている限りでは僕を含めて7人のみ。(うち、ハーフは5人)
前日、東京から秋田入りしたYさんと一緒に、ゆっくり走ることにした。
スタート時刻は8時10分だが、昨年と比べると遥かに陽射しが弱く、むしろ走りやすいかも?…と油断したら絶対にやられてしまうので、暑さ対策や水分補給など、スタート前の準備を怠らなかった。

コースの全容は、スタートから10キロほどまでは、細かなアップダウンが続く。その後ほぼ平坦な道となり、残り1キロ手前で激坂が待ち受ける、といった感じ。
前半のアップダウンで飛ばしてしまうと後半にそのダメージがやってくる、ということのようなので(NAHAマラソンを思い出した)、前半はYさんとおしゃべりできる程度のペースで、後半、様子を見ながらペースアップという展開を思い描いていた。

スタート前、主催者側から何か注意が呼びかけられているのだが、中段辺りで待機をしていると、何を言っているのかまるで聞こえない。拡声器じゃ後ろまで届かないっすよ…。

事前に準備したものは、イオンサプライ飲料を凍らせたもの、塩飴、そして、アミノ系サプリメント。これをウェストポーチに忍ばせている。走っている途中でどんどん軽くなっていく…予定。

いよいよ8時10分、スタート。と同時に、花火がうるさいぐらい何発も打ち上げられる。
スタートのごちゃごちゃがあったため、最初はペースが上がらなかったが、大体キロ5分ぐらいで落ち着き、Yさんと並走しながらのおしゃべりランがスタート。
走り始めてみるとやはり暑い。早速持参した水分を補給し、飴で口を潤す。
1キロを過ぎた辺りに、いきなり給水ポイントが出現!そりゃそうだよな、この暑さじゃこまめに水分補給をしないと、ぶっ倒れるよね。…と近づくと、何と水がない!ボランティアの女子中学生か高校生がいるにはいるのだが、ニコニコしながら「頑張って下さい」と言うだけで、まだ用意するつもりもないらしい…。

Yさん、「水欲しいんだけどな…。」と早くもぼやき始める。
3キロ過ぎ。再び給水ポイントが出現。…が、ここにも水がない。
「えー?何で?」と声を荒げるYさん。「何で給水ポイントなのに水ないの?」と。周囲のランナーも小さく頷く。
この間も、細かなアップダウンが続く。たけのこマラソンを考えると、さほど苦痛ではない。
遠くに1基の風車が見える。「あれー?去年もあったんだろうね。全く記憶がない。」と笑うYさん。
程なく4キロ過ぎ(ただしこの時点で距離表示は全くといっていいほどない。どこに給水ポイントがあるかを頭に入れていただけ。)の給水ポイント。「Yさん、今度は水があるよ!」
よく見ると水とスポンジがある。スポンジを手に取り、給水しようと思ったら、テーブルが一つしかなく、紙コップの水を取り損ねた。給水所、狭過ぎるんだけどっ!!
…ここは持参していた命の水で場をしのぎ、スポンジで首筋や脇の下を冷やす。
確かに水を口にすることも大事だけれど、外から身体を冷やすことも必要。これで熱中症は回避できるはずだと、歩を進める。ちょうど陽射しが出て暑くなり始めた5キロ付近だろうか、民家の庭先に突然シャワーが出現!このコース、その後もこの簡易シャワーが何基も現れる。思わず吸い寄せられるように頭から水を浴びて通り過ぎる。
…がしかし、これが思わぬ事態を招くことに。

暑い。暑いけれど気持ちいい。「どうせメロン貰いに走りに来たようなもんだからさ。」というYさんの言葉に、周囲のランナーから笑いと同意が起こる。
細かなアップダウンの途中に突如現れた給水所。どうやら7キロを過ぎたらしい。Yさん「一旦止まる。」という声に、僕も足を止めた。しっかりと給水を行った先には、ちょっと勾配のきつそうな上り坂。この辺りで既に歩き始めている人も出始める。裏を返せば、それだけ過酷だということなのだろう。僕自身はまだ余力がある。というか、今日は最後まで余力を残してゴールすると決めた。この先何が起こるかわからないし、レースが終わったあとは、100キロ以上のドライブも待っているのだ。

まだコースの半分も過ぎていないし、ここから先が多分暑さとの戦いになるのだろう。やがて左手に日本海が見え始める。「あー、全く記憶にない。」と、昨年も同じコースを走っているはずのYさん。
程なく左折すると、一気に坂を下る。この下りが結構足に来る。
とにかく無理をせず、慎重に足を運ぶ。
「あれ?去年こんなコース、走ったかなあ…。」
いやいやYさん、昨年も走ってるはずじゃないですか!
坂を下り終えると宮沢海水浴場の入り口を通過、海岸線に進む。道路にも砂が入り込んでいるほどの至近距離に海が広がる。願わくば、そのまま海に飛び込んでしまいたい。が、この辺りから、何か奇妙な音がすることに気づいた。さて、何だろう。給水ついでにサプリを投入。ここからちょっとだけペースを上げる。ここでYさんとちょっと離れた。…でも後で聞くとYさん、僕に追いつこうとペースを上げていたらしく、ちょっと無理をさせてしまった。「ちょっと上げます」とちゃんと伝えるべきだった。
11キロでの右折以降はほぼ平坦になることがわかっていたので、しっかりペース走をやってみようじゃないの。

でも、ここでも時計にはほとんど目をやらなかった。時計に目をやった時点で、ペースを上げてしまいそうな気がしたからだ。
そして、民家からぶら下がっているシャワーを浴びた時に、奇妙な音の正体に気づいた。
なんてことはない、シューズがシャワーの水をたっぷり含んでいたのだ。きっと足も相当ふやけていることだろう。
ただ、気にし始めたらキリがないので、気にしないことにした。こんなこともあろうかと、今日は足裏にワセリンを塗ってきたのだ。
「残り5キロ」の看板が見えた。え?もう?かなりペース上がってる?一瞬時計に目をやろうとしたが、我慢我慢。
確かにペースは少しだけ上がっているはずだ。その証拠に、11キロ以降の直線に入って僕を追い抜いた人は、一人としていないんだから。ただ、想定よりも少し早めのペースになっていたらしい。
暑さはそれほどでもないが、風が徐々に向かい風になり始める。遮るほどではないものの、その影響からかペースが若干落ちているのがわかる。でも、疲労感は全くない。遠くから聞こえる救急車のサイレン。歩き始める人、足を止めてストレッチに勤しむ人、突然横を向いて嘔吐する人など、いよいよ過酷さが増してくる。その中にあっても、淡々と、黙々と足を運ぶ。
…が、しかし。ここで魔が差した。思わず時計に目をやってしまったのだ。

「16.1km」

あれ~?まだ5キロあるじゃない。
さっき残り5キロって出てたよね?やっぱり違っていたんだ?テンションが少し下がり、ペースも下がる。再び現れた給水所で足を止めて給水。さっき追い抜いた人達が、僕の横をすっと走って行く。さあ、でもあともう少し、頑張りますかい!
もう一度気合いを入れ直し、再び走り始める。朝方通った農協の建物が左手に見え始める。ということは、ゴールは近い。最後の給水で水を口に運び、いよいよ激坂へ。ふと見上げると、坂を上り終えて右折したランナーが走っている姿が、相当高い位置に見える。うわぁ、あそこまで走らなきゃならないのか…。
これまで走った上り坂のことを考える。あの坂に比べたらまだ…まだ…まだ…でも、最後は歩くようなスピードでようやく坂を上り終える。スタートした場所から更に600メートルほど奥にゴール地点がある。ふと時計を見た。1時間38分30秒。まあ、今日はこんなものだろう。倒れなかっただけ、ヨシとしよう。

…間もなくスタートする、3.3キロペアの皆さんの横を駆け抜ける。色々試したかったこともできたし、勉強にもなった。うん、今日はこれでいいんだ。そう言い聞かせながら、最後は流すようにゴール。

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1時間41分48秒。ベストより10分も遅く、たけのこマラソンよりも3分遅いタイム。しかもこのコース、ハーフマラソンという割には500m程距離が短い、といわれていることでも有名なので、そう考えると、距離をハーフコースに換算するともっとタイムは遅いことになる。もっとも、最初から今日は飛ばさない、記録は関係なしと決めていたので、別に10分遅かろうが関係ねえっす。ただ、もうちょっとだけ頑張れば100分は切れてたのかなという欲が少し出てきたのも事実…って、どっちだんずや。

ま、要するに次に繋げられればいいのだ。今回はそれが目的なのだから。

噂には色々聞いていたけれど、実際に走ってみて気付いた点あれこれ。まあ、これはあくまで走っているランナー目線からでしかないので、ワガママと言われればそれまでなんだけど…。

・前述のとおり、給水ポイントがバラバラに設置されているのが辛い。しかも贅沢は言えないが水しかない。コースの起伏を考慮すると、致し方ないのかな。
・距離表示がホント少ない。そして、「残り5キロ」の表示場所がおかしい。多分残り6キロ地点に設置されていたのでは。
・そして、距離が短い。スタート地点をもっとゴール寄りにすればいいだけなのに。
・車の往来が何気に怖い。もちろん運転手さんも気を遣って走行しているのがわかる。でも、車道の規制をしていないため、車が前後からガンガン走ってくる。
・あ、でも終わったあとの食べ放題のメロンは確かに美味しかったです。メロンあんまり好きじゃないけど。ただ、今回はファミリーの参加が多かったようで、途中で足りなくしたらしく。
・ちなみに赤い果肉より緑の果肉のメロンの方が美味しかった。
・民家のシャワーは本当にありがたい。自発的に設置されているのかな?

まあ、次どうしようかといわれると、ねぇ。もう一回ハーフ走ってみたい気もするし、10キロでいいような気もするし。…ともう、走り終えたばかりなのに既に来年のことを考え始めている時点で、ビョーキですなこりゃ。

最後に一つだけ。言い訳にはしないが、正直ちょっと身体が重すぎた。これから徐々に体重を落としていこうと思います。さあ、これからいよいよ秋のシーズンがやってくる。オラもヤテマルよ!

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