貴重盤やレア盤、初音源化となるアナログ盤をレコード店で販売するRecord Store Day 2021(RSD)。
本来であれば直接レコード店に足を運び、自らレコードを選んで購入する、というのが正しいRSDへの参加方法なのだろうが、こういうご時世ということもあり、発売日当日の午後からオンラインでの購入も可能となったのは、田舎に住む人間としては嬉しい限り。
今年も6月と7月に開催され、洋邦問わず様々なアナログ盤が発売された。
個人的には、今回初めてアナログ盤として発売されたPrinceのアコースティックアルバム「Truth」が最大の目玉商品だった。
考えてみると、ほとんど見向きもしなくなったはずのアナログ盤に、ここ最近になって触手を伸ばしているのは、デジタル化された音楽データの販売や、サブスクのような新たなサービス提供、つまり、形なき「物」が席巻する中にあって、単なる懐古的な気分に駆られて…というよりも、一つでもマテリアルとしてのレコード盤を自分のものとしてそばに置きたい、という思いが強いからだ。
以前は、結構な数のアナログ盤(レア盤、珍盤もかなり揃っていた)を所有していたのに、自分の不注意で全て廃棄せざるを得なくなるという憂き目に遭ってからは、アナログ盤に手を伸ばすことを控えるようになった。そもそも、それを聴くためのプレーヤーも失ってしまったのだから。
しかし、失ったのはアナログ盤とレコードプレーヤーだけではない。
若かりし頃の金銭的な事情だったり、単に聴かなくなったという理由だったり、その時々の衝動や興味本位が、実は無駄な買い物を招いていたと気づいたことが理由だったりと、いろんな事情があるにせよ、棄損、売却、譲渡といった形で手放したCDは、結構な数に上る。
ただし、その中には後になって再度買い戻した作品がある一方で、一度手放したが最後、二度と手に入れることのできなくなった作品もある。手放したことを後悔している作品もある、ということだ。
その中の一つが、1994年に発売された「カーティス・メイフィールド・トリビュート」だ。
1990年、コンサート会場で発生した照明の落下事故で頸椎を損傷、半身不随となったカーティス・メイフィールドの功績を讃えるべく、凄い顔ぶれの面々が参加したのが、このトリビュート・アルバム。
没後に発表されるトリビュート・アルバムが多い中、まだ存命中(カーティスはこの作品の発表から5年後に他界)に発表されたのは、重傷を負ったカーティスへの応援という意味合いが強かったのだろう。そして、だからこそこれだけの顔ぶれが参加したのだろう。
ざっと名を挙げると、グラディス・ナイト、スティーヴ・ウィンウッド、レニー・クラヴィッツ、ナラダ・マイケル・ウォルデン、ブルース・スプリングスティーン、ナイル・ロジャース、フィル・コリンズ、スティーヴィー・ワンダー、L・A・リード、ホイットニー・ヒューストン、テヴィン・キャンベル、エリック・クラプトン、ロッド・スチュワート、フィル・コリンズ、エルトン・ジョン、アレサ・フランクリン、B.B.キング等々…。
もう一度We Are The Worldでも作れそうな面々が揃ったこの作品だが、当時は、作品の良し悪しというよりも、参加アーティストの名前を見ただけで即購入を決めた、というのが正直なところだ。いわゆる「衝動買い」。
しかし、17曲が収められているこの作品は、バラエティに富んだ参加アーティストそれぞれの持ち味が出ていて、CDを購入した当時は、カーティス・メイフィールドの楽曲をほとんど知らなかった僕でも、十分に楽しめる一枚だった。
今となっては、なぜこんな素晴らしい作品を手放してしまったのかは知る由もない。
そしてここ数か月、何だか無性にこの作品のことが胸の中に引っかかっていた。
CDの中古盤ならいくらでも転がっていることだろうし、すぐに入手することもできただろう。
が、なぜかわからないが、この作品はもう一度新しい形で手にしたいと強く思い始めていた。
そんな中、僕がどう思っていたかはともかく、不思議なことって起きるものなのだな、と驚愕。
なんと、7月開催のRecord Store Dayの発売作品に、このアルバムがリストアップされていたのだ。
25年以上も前に購入し、そして何らかの理由で手放したCD。そのことが無性に気になっていたら、今度はアナログ盤という形で新たに入手できるという巡り合わせが滑稽であり奇妙でもあり、何だか可笑しかった。
ちなみに、この作品がアナログ化されるのは今回が初めてらしい。
初めて聴いたあの頃から既に25年以上が過ぎ、この間も、さまざまな音楽に触れ続けた。あの頃に比べたら、今は少しだけ音楽に対する造詣が深くなったつもりだ。
だから今度はアナログ盤を通じて、もう少し違った聞こえ方、聴き方で楽しむことができるかも知れない。
…そして今、2枚組のレコードは開封の儀を終え、そのうち1枚がターンテーブルの上に鎮座している。ボーリングの球を彷彿させる、不思議なマーブル柄。それはともかく、25年以上も前に初めて聴いた時のあのワクワク感、もう一度甦ってくるかな?
というところで気がついた。このアルバム、社会人1年目の時に買ったんだ…。
ターンテーブルにゆっくり慎重に針を落とす。
…ああ、そうそう。この感覚だ。グラディス・ナイトからスティーヴ・ウィンウッドへの流れ。そして、カーティス自身が参加した楽曲の後で、レニー・クラヴィッツが畳みかけるBilly Jackだ。発売された当時から、全く古さを感じさせない音質。がしかし、ミーハー気分で25年以上前に初めて聞いたあの時とは全く異なる、違う意味での昂揚感。そんなことはつゆ知らずとばかりに、ターンテーブルはゆっくりと回り続けながら柔らかな音を奏でる。
ターンテーブルを眺めながら、何とも言えない心地よさが胸の中に去来した瞬間、このレコードを再度購入して大正解だったと確信した。