「弘前」ナンバー


2020年から、ご当地ナンバーとして新たに「弘前」が加わることになったそうだ。

対外的に弘前をアピールするのが狙い、とのことらしく、弘前市民に弘前への愛着を更に深めてもらおう、という意図ではないようだ。

こういったところに市民と「あちら側」との温度差を感ぜずにはいられなかったりして。…あ、かく言う自分もそんな「あちら側」の人になっちゃうのか。

7月には図柄入りナンバーの公募を始めるらしい。

(これはバイクのナンバープレート)

元々ご当地ナンバー制度は、2004年に「地域振興や観光振興等の観点から、ナンバープレートの地域名表示を弾力化し、自動車検査登録事務所の新設の有無にかかわらず、新たな地域名表示を認めることとする」として始まったもの。青森県内には陸運支局のある「青森」と「八戸」のナンバーしかなかった。登録台数10万台以上が5万台に緩和されたのを機に、ここに「弘前」が割って入ってきたのは、青森でもなく八戸でもない、「弘前」としての変なプライドが働いたからではないか(いわゆるエフリコギ)、などということをふと思ってしまう。

ちなみにこの「弘前」ナンバー、弘前市と西目屋村が対象地域となるそうだが、当初はもっと幅広いエリアでの構想だったと聞いている。しかし、「弘前」にこだわり過ぎた結果、参画する市町村は西目屋村のみだった。当然の結果というかむしろ、よく西目屋村が「白神」推しをしなかったな、と思う。(「白神」については、かつて秋田県内で市町村合併後の新市を「白神市」にするとかしないとかで騒動があったので、それを踏まえた大人の対応なのかも知れないが。)

しかし、平川市や黒石市の人をはじめ、周辺市町村の皆さまが違和感を持つのは当然だろうし、その地域の皆さんが「弘前」のナンバーを付けるって、弘前市民からしても何となくイヤだろうな、って思ってしまう。

18歳以上を対象にご当地ナンバー導入の賛否を問う住民アンケート(弘前市4,000人、西目屋村100人)を行った結果では、いずれも5割以上の賛同を得たそうだ。まあ、市内や村内にどれぐらい免許保有者がいるのか知らないし、このサンプル数が多いのか少ないのかは知らないけど。

じゃあ、「弘前」ナンバーを自分の車に取り付けたいかと聞かれると、「うーん、そこまでは…」というのが正直なところだ。いや、別に弘前が嫌いなワケじゃないし、むしろ地元愛はバリバリある。だからこそ、あまり気乗りしないのだ。

しかし、手放しで喜べないこのモヤモヤした感じは何だろう。
一つ言えることは、「今更何を?」といった感情が渦巻いているということだ。弘前と言えば、日本一を自負するさくらまつりや弘前ねぷた、更にはりんごの街としても充分国内外に知られた街だと思っている。それでもなお、「ひろまえ」と呼ぶ人がいることも知っている。

それはともかく、それなりに知名度を持っている地方都市の名前をわざわざご当地ナンバーとして付する必要があるのだろうか、という疑問が、「弘前」ナンバーと言われてもしっくり来ない一番の要因なのかも知れない。

ここ最近は本当にご当地ナンバーが増えて、青森県内でも他県のいろんなナンバープレートを見かけるようになった。「盛岡」「仙台」はともかく「平泉」ナンバーには正直ちょっと驚いたけど。まあ、世界遺産の名を冠しているという点では、それ相応の「宣伝効果」はあるのかも知れないが。

その「平泉」に代表される、というわけではないが、ご当地ナンバーは「走る広告塔」とも言われていて、その地域の宣伝やPR効果も高いという。

(ここまでキャラクターがいると、何が何だか…。)

ただ、その一方で「走る広告塔」であるが故に起こりうる懸念も抱かざるを得ないのだ。
だって皆さん、こんな経験ありませんか。

他県ナンバーの車両が傍若無人な運転をしているのを見て、チッと苦虫を噛みつぶしたこと。弘前なんて「さくら」の季節や「ねぷた」の時期になると県外ナンバーの車が市内を走っていることなんてざらにあるわけですよ。
裏を返せば、今後、逆のことが起こりうるワケだ。

例えば。
県外の高速道を走行中に、制限速度を遥かに超えるような猛スピードで追い越していった車両が「弘前」だったら。
県外で白バイに止められていた車両のナンバーが「弘前」だったら。
大きな事故を起こした車両のナンバーが「弘前」だったら。
それこそ、街中で粗暴な運転をしている車両のナンバーが「弘前」だったら。

PR効果どころか、「弘前」そのものに対する印象は悪くなるだけである。
もちろん、全てが全てこういったことを懸念しなければならない、ということではない。
ただ、「ご当地ナンバー」を背負う以上は、「走る広告塔」として運転する側もそれなりに気をつける必要があるのではないか、ということだ。

賛否両論あることを承知で言うと、個人的には「岩木山」の方が地元の愛着が湧いて良かったんじゃないかと思うが、「岩木山」ナンバーだったら弘前市や西目屋村だけではなく、かなり広い範囲で使用されることになり、範囲が抽象的すぎるとか何とか言われてダメなのかも知れない。(一方で、静岡県富士市を中心とした「富士山」ナンバーがあるのも何かちょっと変な感じだけれど。)

当初の導入基準の一つとして、複数の市町村の集合であることが要件となっていたが、要件の緩和によってなのか、単独市町村の申請も通るようになっているようだ。
こうなってしまうと、原付バイクのように各市町村名が付されたナンバープレートでいいじゃないか。今回の「弘前」を含んだご当地ナンバーは第3弾とのことであるが、結局のところ「ご当地ナンバー」って一体何のためにあるんだろう、と思ってしまう。穿った味方をするならば、各地でご当地ナンバーが導入されることにより、多かれ少なかれ何かしらを得る人がいるってことなのだろう。どこかのOBとか、天から下った人とか。

さて、どんな絵柄になるのかはともかく、どうせならば唐辛子の絵柄でも入れて、横に小さく「清水森」って文字を入れた日には、色んな意味でヒネリと凝りが効いていてインパクト絶大だろうに、と思う今日この頃。そうだ、いっそのこと「弘前」じゃなくて「清水森」にしますか!
※ご当地ネタですいません。

「弘前在来トウガラシ」


防災に対する意識、持っていますか。


日本海中部地震から35年、十勝沖地震から50年という節目の年、今一度「防災」を考えるきっかけ、そして、自分の見識を深める機会になればいいと思い、弘前大学理工学部で開催された「地震災害軽減に関するシンポジウム」を聴講してきました。地球環境防災科の教員によるもので、専門的な話に特化してしまうのかな、と危惧しておりましたが、全くそんなことはなく、むしろ頭の中に入りやすい内容でした。

以下、走り書きのメモから概要をピックアップ。

▼小菅正裕教授「あれから35年―変わったこと,変わっていないこと」

50年前の十勝沖地震。気象庁が地震発生当日に発表した震源が十勝沖だったことから、その日に十勝沖地震と命名した。

ところが、震源の位置が違っていたことが後日判明。実際は十勝沖ではなく、三陸沖北部の青森県東方沖であることがわかった。地震の観測地点が少なく、位置の特定が難しかったことが要因。

35年の日本海中部地震。当初、秋田沖が震源とされた(活断層のズレが最初に起こったのは秋田沖だった)。しかしこちらも後日の調査で、青森県の西方沖(青森県岩崎沖)約90km、深さ約20kmが震源であることが判明。

「秋田沖地震」ではなく「日本海中部地震」と命名されたのは、青森県選出代議士が深く関与。「十勝沖地震」の際、被害が甚大だった青森県ではなく、北海道に対して補助金や救援物資が回されたという苦い経験があったから。

当時の地震観測計では、S波(地震の主要波。最初のカタカタがP波、その後のグラグラがS波)を観測することができなかった。青森県内の気象台、測候所は青森、八戸、むつ、深浦の4か所のみ。

2001年の論文で、仙台平野への津波到達の危険性が指摘されていた。10年後、東日本大震災で現実となった。

*地震の観測地点が一気に増えたのは、阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)が契機。

未だにできていないこと。まずは地震の前兆観測や発生予測。大震災(サンプル数)が少ないので、シミュレーション、検証ができない。

そして、「災害への心構え」。震災の経験を後世に伝えることが萎んでいき、地震を知らない世代となり、経験が忘れ去られる。そのタイミングでまた同じことが起こる。この連鎖を絶つことが必要。

マスコミ報道への違和感。震源の位置を示す三陸沖の×印の横に、「東日本大震災」の文字。

×印で起きたのは、東北太平洋沖地震。この地震によって人々が暮らす陸地で起きたのが、「東日本大震災」。

防災リテラシーの向上のため、命を守る教育の場が必要。長周波の揺れが発生したら、「とんでもないことが起こっている」という認識を。大津波警報が発令されたら、「必ず津波がやってくる」という認識を。


▼上原子晶久准教授「台湾の地震に学ぶ」

台湾で発生した2つの地震。1999年の地震はM7.3。震源が8kmと非常に浅かった。活断層のズレが最大約10m発生し、断層変位が地表に現れたところでは、ダム本体や橋脚といった構造物が破壊された。熊本地震の阿蘇大橋も、断層変位によるものと考えられる。

2018年2月6日に発生した花蓮地震、M6.4。これも断層変位が地表に現れ、構造物が被害。地震被害はいつも発生するが、特効薬的処方箋はないのか。県の防災計画、これまでも何度も更新。「その取組に終わりはない。」という県幹部。これがまさに、答え。

だからといって対策を講じることをやめてはならない。


▼前田拓人准教授「津波発生研究と即時予測技術の最前線」

津波から地震を観測するという手法。地震発生から津波到着までに地震を調査。S―netという津波の観測網を、岩手~福島の太平洋に張り巡らせた。世界でも前例のないケース。津波の現在地がわかるようになる。将来は、台風の進路予測のような、津波天気図(津波予報)に繋げたい。

地震も津波も、なくすることはできない。備えも避難も決断次第。


▼片岡俊一教授「次の地震にどう備えるか」

自然現象×人間社会=災害(被害)
自然現象はどこでも起こる。そこに人間社会が絡んで初めて、災害が発生する。

自然の力>人間の作ったものの強さ →災害が起こる。
人間の作ったものの強さ(例えば構造物の強度?)は自然の力には敵わない。だから災害が起こる。

が、災害は軽減できる。何を守るか。

震度5強以下の地震(構造物に被害が出る規模ではない)で、室内での死亡例3件。
本棚から崩れた書籍の下敷きになり、圧死(窒息死)したというケース。(しかも亡くなったのは40代の方ばかり)

各市町村の地域防災計画は、それぞれの市町村で完結。隣接の市町村まで踏み込んで書けない。

県内だと津軽、南部、下北、それぞれの相互・広域的なサポートが必要。

20時頃にシンポジウムが終了し、大学の外に出ると、雨脚が更に強くなっていました。弘前市には暴風と大雨の警報が発令されたまま。明朝は久しぶりにAさんの伴走を予定していましたが、そのAさんから連絡があり、練習を中止することに。

明日の予報も「雨」。警報は夜遅くまでの予想ではありましたが、安全面を考慮すると、弘前公園ランニングクラブ定例の朝練習も怪しいところです。

そこで、キャプテンにメッセージを送り、初めて「練習の中止」をFBページにアップ。

今回の「練習中止」のアナウンスは、もちろん仲間の安全を第一に思ってのことではありましたが、もちろん、そうは言っても何人かが練習にやって来ることは織り込み済み。ただ、それが何人なのか、気になるところではありましたが…。


47都道府県を見ると、青森県の防災意識は、太平洋側に位置する各県と比べても低いそうです。恐らく、青森県の中で見ても、特に津軽地方の人たちはその意識が低いのではないかと考えています。というのも、地震に関してだけ見ると、直接的に甚大な被害を受けた日本海中部地震から35年、この間には東日本大震災のほか、阪神淡路大震災の20日前に発生した三陸はるか沖地震など、県内で震度5強以上を観測する地震が発生していますが、津軽地方においては、直接的な被害を受けていないからです。むしろ、平成3年の台風19号の方が印象として強いのではないでしょうか。


朝4時。慣れというのは不思議なもので、土曜日にはこの時間に目が覚めます。

きっと雨がぱらついているんだろうな、と外を見て、唖然としました。

雨が、上がっている!

なんと、天気予報「雨」に騙されました。前日夜の大雨を考えても、まず間違いなく朝方まで雨は降り続いているのだろう、と確信していたのに。

しかも、予定通り警報は解除されており、もはや普段の「曇り」と変わらない天気。

グラウンドの状況を考えれば、恐らく運動会は中止になるでしょうが、「警報解除」の条件付きでの練習中止にすれば良かったのかな、と悶々としつつ、もう一度布団に潜り込みました。

まあでも、川の水は増水しているだろうし、万が一何かがあってからでは遅過ぎるし。

防災は空振りを恐れてはならないんだから、これでよかったんだ、きっと…うん。

誰も練習に来ませんように、と祈りましたが、結局7人が集まったそうです。(これが多いと思ったか少ないと思ったかは、ご想像にお任せします。)

こんな天気になるんだったら「中止」なんてぶちまけなければ良かったと、本当に猛省しています。関係各方面の皆さま、申し訳ありませんでした。

ということで予告。

6月下旬に、弘前文化センターで「防災啓発研修」を開催します。テーマは、「命をまもるために、いま、できることは何か」。

講師お二人をお呼びし、風水害・火山災害への備えと、国民保護に関する講演を行っていただく予定です。

防災意識が低い津軽、という印象を払拭するためにも、たくさんの方々のご参加をお待ちしております。(詳細はまた改めて!)

最後に皆さん、こんな時どうする?

  • 大雨が続いているのに、河川の水位が少しずつ下がっているような気がする
  • 暴風雪警報が発令される中、幹線道路が急に渋滞し始め、車が動かなくなった
  • 田んぼの中の一本道を車で走っているときに、突然Jアラートが鳴りだした

賑やかだった弘前の春空


桜前線が一気に北上した4月。弘前公園のソメイヨシノは4月20日に開花し、23日には園内、外濠ともに満開となった。県内外はもとより、今年は海外からも大勢の観光客が訪れたようで、例年のことながら幹線道路や公園周辺の道路における慢性的な渋滞が発生したようだ。

ソメイヨシノはGW前半を迎える前に散り始め、GW突入の頃には綺麗な花筏を楽しむことができた。
とはいえ弘前公園にはソメイヨシノ以外にもたくさんの種類のさくらがあり、今日5月4日時点でも遅咲きのさくらの花を楽しむことができる。ちなみに、弘前市公園緑地課が発表したさくらの開花状況は、こんな感じ。

ソメイヨシノ
■園内(全体)
開花状況  :葉桜

ヤエベニシダレ
■園内
現在の状況:散り始め

弘前雪明り(原木)
■ピクニック広場
現在の状況:散り始め

その他の品種の開花状況・予想
■鬱金 (本丸・二の丸・ピクニック広場) :満  開
■関山 (二の丸・ピクニック広場・四の丸):7分咲き~満開
■東錦 (二の丸・ピクニック広場)    :満  開
■松月 (北の郭・追手門)        :満  開
■寒緋桜(ピクニック広場)        :満 開
■ひよどり桜(ピクニック広場)      :7分咲き
■普賢象(本丸・ピクニック広場)     :3~6分咲き
■須磨浦普賢象(北の郭・ピクニック広場) :2分~7分咲き

弘前城植物園のサクラ開花状況
満   開 :一葉、鬱金、大寒桜、カスミザクラ、御衣黄、釧路八重
松月、手毬、福禄寿、水上、ヤマザクラ
5 ~7分咲き:関山、兼六園菊桜、琴平、紅時雨
咲き始め  :数珠掛桜、須磨浦普賢象、普賢象、松前紅玉錦

見たことも聞いたこともない名前があるかも知れないが、これ、ぜんぶ「さくら」の種類なのだそう。ちなみに、弘前公園で開催されるのは「弘前さくらまつり」であって、「弘前桜祭り」でもなければ「弘前桜まつり」でもない。なので、どういうわけか「桜」と漢字表記することにちょっとした抵抗というか違和感があって、この投稿でも「さくら」と表記しているのは、そういう趣旨です。

今年は、「弘前さくらまつり」の前身である「弘前観桜会」が開催されてから百周年を迎える。
これに合わせて関連するイベントも開催されていて、弘前公園は中も外も、そして上空も賑わいを見せた。

4月21日は、弘前さくらまつりの開幕日。この日に合わせ、「弘前観桜会100周年事業」として、航空自衛隊松島基地第4航空団所属の第11飛行隊6機が飛来することとなった。
言わずと知れた「ブルーインパルス」の展示飛行である。

前日、デモンストレーション(訓練飛行)を弘前市上空で行った際も、口をあんぐりしながら上空を眺める市民の姿が多数目撃されたらしい。
僕は昨年5月、八戸市の市制88周年記念事業としてブルーインパルスの展示飛行を見ており、今回は2年連続2度目となるブルーインパルス観覧の機会となった。
どうせならば岩木山や弘前城とのコラボを撮影してみたいと考えたが、弘前公園内はもとより、高い建物は撮影の機会を伺うカメラマンや航空ファンで混雑必至。
しかも「ブルーインパルス」がどの方角から飛んでくるのかはわからないし、その時その時で飛んでくる方角が変わることを知っている。恐らく弘前公園内で解説を聞かないとわからないだろう。
しかも、白神山地は世界自然遺産で飛行禁止区域となっている。そうなると、平場で飛行を観ることができる、ある程度の高台ならちょうどいいということか。

あ。他に観覧している人がいない、絶好の場所があった。
10時過ぎ、自宅の2階から屋根に上る。
多少木々が邪魔になりそうだが、ここなら遠くから機体を確認することができるはずだ。
…ふと見ると、近所でも同じことを考えている人がいたようで、双眼鏡片手に空を眺めている近くのオジさんの姿を確認、思わず苦笑する。
10時30分、予想通り北の方向からやってきた6機の機体。飛ぶ鳥を追いかけるかの如くその行方を追いかけながら約20分にわたって撮影した画像が、こんな感じ。

この日はあいにく上空の風が強く(ちなみに午後には暴風警報が発令されるぐらいだった)、ハートや五輪(さくらの花)は煙が風に流されてうまく出来上がらなかったのが残念。でも、一番残念だったのはレンズにゴミが付着していたことに気付かず撮影していたことだった。

さて、昼の上空が賑わった約10日後、今度は夜の上空が賑わうことに。
こちらも弘前観桜会100周年記念として、5月3日の夜に弘前城植物園内で花火が打ち上げられた。

以前も弘前公園内で(季節外れの)花火が打ち上げられたことはあったが、花火の大きさの問題なのかそれとも打ち上げ場所の問題なのか、ほとんどその姿を見ることはできなかった。しかし今回は、自宅から直線で約1キロしか離れていない植物園。これはひょっとして…とまたも2階へ。ただし今回は屋根には上らず、部屋の電気を消灯し、窓枠にカメラをピタリと固定しての撮影(なので、三脚は使っていません)。
シャッターの開放を5秒にしたら、次から次へと花火が打ち上がるために花火が輻輳する羽目に。
しかも、ISOの設定を200のままで撮影してしまったのが心残りではあったが、ほぼ正面に近い位置から撮影することができたので、これはこれでヨシとしよう。

花火の打ち上げとともに、公園内で休み始めていたと思しきカラスが一斉に飛び立ち、大騒ぎしていたのにはちょっと笑ってしまったが、こんな感じで弘前の春空は非常に賑やかだった。

しばらくカメラには触っていなかったので、久し振りに撮影する機会が得られたのは何よりだったけど、レンズの件といい設定の件といい、何だかあまりにも初歩的なミスで何も言えません…。