行政の備えも、万全に。


さて、この間の続きみたいな話をしたいと思う。

しかし、九州のほぼ全域が大雨特別警報に見舞われるという異常事態を見ると、防災は一体この先どうすればいいんだという、敗北感にも似た空虚な気分に苛まれる。

備えよ、とはいうものの、もはや備えも通用しないぐらい大規模かつ複雑な災害に対し、我々は一体どう立ち向かい、そしてどう向き合えばいいのだろう。昨今の災害を見ると、人間が今なせる全てをもってしても太刀打ちできない、そんな状況に陥っているような気がする。しかし、ここで打ちひしがれていても何も変わらない。小さなことでもいいからやれるべきことをやる。その積み重ねが、きっと次の防災に繋がると信じたい。

…ところで皆さん、宿泊を伴う出張や旅行で見知らぬ地を訪れた時、宿泊先での避難経路は確認されていますか。

たいていの人は、廊下の両端やエレベーターの隣に非常階段があるとか、そういった認識をされていると思う。そこまではよかろう。

…では、その建物から逃げ出した後に、どこへ向かいますか。

恐らく、ここまでの想定をしている人は皆無ではないだろうか。宿泊先の近隣の指定緊急避難場所、指定避難所を把握するところまでは気が回らないのが実情だと思うが、いかがでしょう。

そうそう、今日は行政がすべきことをお話ししようと思っていたんだった。

続きを読む


憂う前に、備えよ。


土曜日の早朝4時頃、スマートフォンから警告音が発せられた。何事かと思って画面を見たら、熊本県と鹿児島県に大雨特別警報が発表されたとのこと。

両県に特別警報が発表されたのは、確か今回が初めてだったと思う。

まずもって被災された地域の方々には、謹んでお見舞いを申し上げるとともに、残念ながら亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

九州地方で大雨が降り続き、警報が発せられていたことは知っていたが、まさか早朝に特別警報が発表されるとは…。

既に避難していた方ならともかく、避難できずに何らかの災害に巻き込まれてしまった方々がいると思うと、以前からもっと早く特別警報が出される素振りを見せることができなかったのか、防災に携わる人間として色々考えさせられる。

…といいつつ実は、素振りはあった。金曜日夕方、気象庁が九州南部の大雨に関する気象情報を発表していたのだ。

しかし、受け止める側の認識がどうだったか。いや、結果を受けてから「たら、れば」の話をしても仕方ないことは重々承知している。が、平成28年に岩手県岩泉町で高齢者グループホームが台風第10号による河川の氾濫で多数の犠牲者を出し、大きな問題となったのはまだ記憶に新しいところ。

「避難準備・高齢者等避難開始」の名称が使われ始めたのもこのことがあってから。いわゆる「レベル3」の状態だ。

今回の大雨では、熊本県の球磨川が氾濫、またしても特別養護老人ホームが被害に遭った。

平成28年と同じこと、いや、むしろそれ以上のことが起きてしまったといってもいいだろう。

今後検証されていくことになるとは思うが、避難する側させる側、双方の初動対応や判断が正しかったのか。さらに、避難に行動を移すそのきっかけをどう意識させるかは、どの地域でも共通の課題、懸案事項となっている。

ここ数年、毎年のように「数十年に一度の○○」が各地で起こっている。6月下旬から7月上旬、梅雨明け間近の梅雨前線が北上する時期は、本当に要注意だ。もはや数十年に一度ではなく、こういった気象現象が毎年起こりうるということを改めて認識しなければならないし、それに対して、どう備えるかを考えなければならない。

僕自身、近年、様々な場面で防災に関するお話をさせていただく機会が何度かあり、その都度壊れた再生プレイヤーのごとく何度も同じことを言っている。

「ここ数年、青森県で大きな災害が起きていないのは単なる偶然、奇跡です。近県で大規模な災害が発生していることを鑑みると、いつ本県で同じような災害が起こっても不思議ではありません。」

昨年暮れから一気に広がった新型コロナウイルス感染症で世界中が大きく揺さぶられる中、毎年やってくる気象災害への備えも必要となる。熊本県や鹿児島県の大雨災害は、決して他人ごとではない。テレビや新聞などで報じられている泥水を被った家屋を見て、「あら、大変ね」などとほざいている場合ではないのだ。自分自身がその立場に置かれたらどうするか、考えなければならないのだ。

万が一自分が感染症患者になっているときに災害が起きたら。もしも、濃厚接触者として健康観察をしている最中に災害が起きてしまったら…

あなた、避難できますか?

…なので今日は、そんな「少し考えるだけでも防災意識が高まること」に触れていきたい。

(色々言われているこのアプリをインストールすることだって、対策の一つかも知れません。)

続きを読む


料理のお話(2)


最近になって、再び台所に立つ機会が増えた。

料理のお話は3年前に一度このブログに投稿したことがあったが、今日はその続編、みたいなお話。

もともと料理を作ることに対する抵抗は全くないし、むしろ積極的に台所に立ちたいぐらい。このブログではランニングの話か音楽の話題ばかりを取り上げているが、料理にもかなりこだわりを持っている方なのかもしれない。

僕にとって料理は趣味ではない。むしろ生きるための術、と表現した方がいいだろう。というか、それが普通なんじゃないだろうかと思ってしまう僕の感覚、おかしいですかね?

台所に立っていれば、無心で食材と向き合いながら、さてどうやってあなたを調理して差し上げようかと思いを馳せることになる。食材の処理、味付け、そして見た目。イメージを膨らませること自体が、脳のトレーニングみたいなものだ。

ただし、一つ重大な問題があって、ほとんど思いつきで作っている料理ばかりなので、レシピを残していないのですよ。なので、二度と同じメニューを作るのはほぼ困難。

また、「余り食材」や「リメイク」をよく作るため、元々の料理に左右されることもしばしば。

例えば今日の昼に食べたのはキーマカレーだったが、これ、元々はハンバーグだった。それを最初はミートソースへリメイクしたが、更にそれをキーマカレーに再生した、というもの。元のハンバーグは僕が作ったものではないので、下味やその他はわからない。

最初の頃は自分で美味しければいいや、と思っていたのが、いつしか家族や友人にも振舞うようになり、どうしたらみんなに美味しいと言ってもらえるか…という方向に意識がシフトしてから、もうどれぐらい経つだろう。

結果的に自分好みの味付けになってしまうこともしばしばではあるが、意外な食材を意外な味付けで仕上げることで、「おお、こういう食べ方もできるのか。」という新しい発見があったり。

何よりも、自分があまり食べなかった食材を食べるきっかけになったりして、これはこれで自分のためにもなっている、ということで。

「美味しそうだな、自分でも作ってみようかな」と思ってもらえるのであれば本望だし、実際に食べてみて「美味しい」と思えば、いや、思ってもらえればなおありがたいこと。そういえば、甥っ子のために「お子様ランチ」を作ったこともあったっけ。

食材も味付けもバラバラ。和洋中何でも作ってみようという気になるし、以前は釣ってきた魚を自分で捌いて自分で料理していた。釣りを嗜む者、道具の手入れと魚料理は自らやるべし。

※オムライスにケチャップで「ラーメン」と書いたのは、突如「ラーメン食べたい」というリクエストがあったからです。

台所に立つようになってからもう30年以上経つが、もしも自分が一人になっても、食いはぐれる心配はなさそうだ。

ちなみに今日は日曜日。明日の弁当のおかずを自分で作った。月曜日に #エール飯 を注文しない理由は、ここにある。