2021年、開幕しました。


順風満帆とは言えない中での2021年が始まった。遅ればせながら新年あけましておめでとうございます。

毎年このブログで年始の挨拶を兼ねた意気込み、目標のようなものを掲げてきたが、今年はそんな気分にもなれない。
仕事納めが終わった年末年始も、29日、30日と出番。更に年が明けた1月1日も出番となった。

(大晦日、皿盛りを2台作成。今年は持参する家が減った。)

年末年始を過ごした気分になった時といえば、今年は作らないと思っていた例年の皿盛りを31日に一気呵成で作り上げたこと、思いのほかその日の夜の紅白歌合戦が面白かったこと、そして、無観客で開催されるはずだった箱根駅伝の沿道の人々に辟易しながら、復路最終10区での大逆転劇に胸が熱くなったこと。
…あれ?それなりに充実していたのかな。

年末は「数年に一度」と言われる寒波に見舞われ、雪かきにも追われることとなった。これぐらいの雪が普通なのかなと思っていたが、例年の寒気と比べると格段に冷え込み具合が違っていた。弘前市内ですら朝方のマイナス6~7度は当たり前、時にはマイナス8度を下回ることもあったが、その分、降り積もる雪は軽く、雪かきで腰を痛めるという最悪の事態にならなかったのは幸いだった。
余談ではあるが、元日の出勤帰り、猛吹雪に見舞われる中、青森から出発した電車が二つ先の駅から動けなくなり、80分も遅れて弘前に到着したのは誤算だったけれど。

(仕事納めの日に食べた焼肉弁当。)

ところで昨年の今頃は、一年後に日本いや世界がこんな状況になっているなんて、誰にも想像できなかったことだろう。一寸先は闇どころか、個人的には一寸先の闇がずーっと続いているような感じだ。

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♯2020 今年の英文字は…


今年の漢字は「密」でした。

皆さん何となく納得の結果だったのではないでしょうか。

ではここで僕自身の今年の漢字を…というのは何となくありきたりなので、グローバル時代に乗っかるべく、今年を表す「英文字」を考えてみました。

パッと浮かんだ文字は、「Q」でした。いや、試行錯誤という点では、まさにこの英文字しかないでしょ。

Qから始まる単語は色々ありますが、これを幾つか拾ってみるとなかなか面白かった!
ということで、自分にとってこれが今年1年を飾るにふさわしい英文字ではなかろうか、と。

Qは…いや今日は、Qから始まる単語で1年を振り返ってみようと思います。

【 Question 】(質問、疑問、質疑、問題、議題、論点、核心…)
【 Quest 】(探求、冒険の旅、探し求める…)
これでいいのだろうかという疑問と向き合いながら、一筋の光明すら見出すこともできず、出口のないダンジョンの中で次から次へと与えられるミッション。
誰にも正しい答えがわからない中、手探りだけで彷徨い続ける様は、まさに「正解のないQ」。実は我々がダンジョンだと思っているそこは、明かりを失ったノアの箱舟だったのでしょうか。もちろん、その答えすら誰にもわからないわけで。

【 Quiet 】(静かな、静粛な、無口な、寡黙な、静けさ、静寂、静穏、平穏…)
平穏であること、静かな状況が保たれることを求められ続けた1年間。
別に誰かとバカ騒ぎしたいわけじゃない。羽目を外そうとも思わない。「静か」でいること、「おとなしく」していることに慣れていく中、誰とも会わない状況下で見つめ直した、自分自身。そうか、実は自分は群衆や人混みがあまり好きじゃないんだな、独りでいる方が楽なんだな、ということを悟りました。それはともかく、結局一年の締めくくり、そして新しい年を迎えるにあたっても、「静か」でいることが求められる顛末。

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2020年師走、「走る」ことに少しだけ思いを馳せて


ここ数か月、備忘録のように綴っていたこのブログの更新が滞っている。とはいえ、何かネタにするものがあるかと言われると、ほとんどないのも事実。新型コロナウイルス感染症に翻弄され続けた今年は、恐らく今まで生きてきた中で、最も空虚で退屈な1年となってしまった。もっともこれは、決して僕に限ったことではないと思うが。

青森県内で最初の感染事例が確認されたのが3月末。異動の時期と重なったこともあり、ワケがわからぬままの新年度突入となってしまった。

同じ課内での異動とはいえ、在籍4年目に突入。職責も変わり、4月以降は土日に関係なく対応、調整に当たることとなった。結果、プライベートなことは後回し。仕事も大事だが私事はもっと大事だと自負していた自分にとって、これはなかなか衝撃的だった。全国の感染状況に鑑み、毎年恒例の南の島への渡航は早々に見切りをつけたまではよかったが、仕事メインの生活に一気にシフトした。

土日祝日といった暦の色分けがほとんどなくなる中、自分の置かれている立ち位置、周囲との接し方がこれでいいのか、不安ばかり増幅する日々が続き、やがてそれは、今ここで言葉に表すことも憚られるぐらい色々な心境の混乱へと繋がっていった。

とりわけその中で、最も影響が大きかったのが「生活の一部」だと思っていたランニングだった。

平日は5時に起床し、6時半には家を出る。この生活習慣はこれまでと一緒。ただ、帰宅するのは早くても21時頃、22時を過ぎることもざらだったし、文字通り最終電車に飛び乗り、家に着いたのが0時を回っていたこともあった。
しかも、帰宅してから軽めの夜食にありつき、睡眠を取る。
とりわけ多忙を極めていた4月~5月は、布団に横になった瞬間、眠りに就くということは当たり前だったし、そもそも「走る」ということにエネルギーを割くこと自体が惜しまれることだった。

まあ、それぐらい心身ともに疲弊していったということなのだろう。しばらくは曜日に関係なく似たような状況が続き、限られた時間の中で休息を取ることに努める日々が続いた。

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